貧乏な時代があって今があり、不自由な時代があって今がある | 私の日常生活と・少し刑事事件・政治的問題などのブログ

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私流の日常生活です。他に刑事事件・社会問題・事故・公安問題・その他や、国家安全保障問題なども取り扱います。一部倫理の問題や公という感覚に関しても書いていきます。

熊本の地震においては身勝手というのか

泥棒が出ています。

着の身着のままの被災者の家から奪うやつらです。

大人の道徳教育は必要でしょう。

道徳復活が必要でしょう。

今の日本は

貧しい時代があって

食うに困る時代があって

今があり

不自由な時代があって

今の権利があるのです。

そこから這い上がってきた先輩たちがいるのに

履き違えるな(履き違えるなとはお読みになっていらっしゃるかたに向けたのではありません。犯罪者に向けたものです)

食えなかった時代はあわやひえとか

大根とか

葉っぱとか食っていたといいます。

お肉なんてお金持ちの食べ物でした。

物価は安かったが

給料も非常に安かった。

輸入品も高かった(アメリカに輸出するときは非常に安かったですがね)。

貧乏な時代

ものが言えなかった時代

それがあって今があるということを

もっと徹底して幼児期から

教えないとだめでしょう。

空襲の苦労の話は

学校で教えています。

平和教育です。

しかし

終戦後の貧乏はもっと教えないと。

昨日は昭和の日でした。

近現代史が教えられなかったのは

マルクス主義的な先生がいて

その教え方だけは止めてくれと

文部省から言われ

それなら教えないというわけで

教えられなかったのです。

貧乏な時代があって今があるのです。

這い上がれたことは

私たちのおじいさんやおばあさんの時代および

父親や母親の時代に

多くの日本人が死に物狂いで働いたからです。

過労死も多かった。

歌手の海援隊の歌では

歌に登場する「母」が休みたくなったら死ね!

とまで言い切った。

これは言いすぎです(海援隊の主張というよりそういう教育をした母もいるということ。厳しかったが優しかった「母」を思う歌)。

こういう時代があったことを忘れたら

欲望が満たされればいいのだ!

自分の欲望を満たすためのずるいことをしても捕まらなければいいのだ。

という考えや

もっともっと権利をよこせ!

なるのです。

エゴが国を亡ぼすのはたやすい。