自分の近所に放射性物質処分場を作らせないは公共の福祉に反する | 私の日常生活と・少し刑事事件・政治的問題などのブログ

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私流の日常生活です。他に刑事事件・社会問題・事故・公安問題・その他や、国家安全保障問題なども取り扱います。一部倫理の問題や公という感覚に関しても書いていきます。

自分の近所に放射性物質の処分場を

作らせないという

議論がまかり通っていますが、

これは

公共の福祉に反します。

地域は

エゴをむき出しています。

地域エゴという言葉だってあります。

国として必要なものは

地域の利益にならなくても作らねばなりません。

それが公共の福祉です。

どの地域にも良くするというのは不可能だ!

地域は

国全体・国家公共のためには

自分の地域に不利益になる場合もあり得ると覚悟すべきです。

福島第一の

津波および原発事故で

大量の放射性物質が

環境中に

拡散しました。

12県で

放射性のごみが回収されています。

絶対に放射性物質の入った

廃棄物の処分場は必要です。

全体の利益のためには必要です。

私は

権利の乱用が大嫌いです。

今、

ちまたで

履き違えがあるのです。

履き違えがまかり通っていると

言われたってしょうがないではありませんか。

国民教育

道徳教育は

こういうところも必要な観点なのです。

戦後民主主義とは

こういう義務をないがしろにしてきました。

この教育にしてこの国民ありでしょう。

墓反対運動も大嫌いです。

死なない人はいないのに

何で墓に反対などできるのでしょう。

必要なものなのに

自分の近所には来るなという議論なのに

理屈をつけているだけです。

生活環境とか言って。

反対の住民には

人は死ぬという問題について

しんしに考えてほしい。

また

スイスでは

高レベル放射性廃棄物の処分場を

お金なんていらないから

わが町に作るべきだと

住民自ら訴えました。

これが

正しい

責任

国民的

主体的意識でしょう。

自分たちが国を作るんだという感覚です。

日本の戦後なんて

地域や個人のエゴがまかり通ってきました。

大人こそ

道徳教育が必要です。