児童の貧乏は対策したら効果がある | 私の日常生活と・少し刑事事件・政治的問題などのブログ

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私流の日常生活です。他に刑事事件・社会問題・事故・公安問題・その他や、国家安全保障問題なども取り扱います。一部倫理の問題や公という感覚に関しても書いていきます。

読売新聞で読みました。

日本財団(これは被災者対策でも迅速な心温まる活動をやっている優れたボランティア財団です。)と

三菱UFJリサーチ&コンサルティングが

児童の貧乏は

15歳の児童にだけに関して

貧乏の対策を取らなかった場合と

対策を取って

進学率などが

非貧乏世帯並みに変更した場合の

推計を出しました。

この中には

生活保護の子どもたちや

何らかの事情で親がいなかったり親が育てられない

児童養護施設に入っている子供たち

ひとり親の子供たちなどがいます

親の責任は子供には関係ありません。

数は

約18万人。

対策した方が

高校進学率が非貧乏世帯並みになり

大学進学率が

20ポイント上がったとすると

将来正社員が

すべてで9000人増え

成人して働いたときの報酬は

2兆9千億円増え、

社会保障と税金の

収入は

給付ではなく収入

一兆1千億円

増える。

こうした試算が出たのだそうです。


私は個人的には

正社員ではやっていけない人もいて

そういう人の受け皿として

非正規社員があり

不正規ではなく

非正規

正社員になれる人は

能力がある人です、

いっぱい働ける人です。

正社員が幸せというのは一つの偏見です。

非正規社員や請負でないとやっていけないレベルの人もいます。

正社員だと働けないレベルの人もいるのです。

また

大学に行ったり

こういうレベルは

まだ幸せです。

"大学に行けるだけでも"

幸せなのです。

あと、大学に行っても

就職すると何にもできない人もいます。

人とうまく交流できない人もいます。

就職してもうまくいかなかったり

辞める人もいます。


2兆9千億円増えるというような

こういう報酬が得られる人はまだ幸せです。

貧乏の下には下がいるのです。


障害があってもグループホームがあればいいですが

お金が得られなければホームレス化する人もいます。

この試算の言っていることは

能力が潜在しているのにもかかわらず

親が貧乏で

機会がなくて

お金がなくて

教育を受けられない人たちのことであって

能力がなくて貧乏化する人のことではないのです。


努力だけではどうにもならず

能力がないと報われません。

運もそうです。


しかし努力には意味があります。


自分の能力を知らないと

無駄や無理が多い。

こういう個人的な感じもありますが


貧乏の対策を取る必要性はあるとの試算でした。

子どもは親を選べません。

どういう家庭に生まれるかというのは

運でしかありません。

たまたま貧乏な家庭に生まれたから機会に恵まれないのです。

貧乏でもチャレンジできる社会は夢がある社会です。

貧乏な子供は

自分の責任でそうなったわけではありません。

たまたまそうなったのです。


貧乏な人が

チャレンジの機会を与えてもらえるとすれば

これは個人にとってそれはそれはかけがえのない機会になります。

もちろん学校などで支援されても

良い状態にならない人もいますが

だからといって何もしないよりはいいのです。

業とカルマの考えは

貧乏な人は前世で悪いことをしたから

貧乏なんだと

いわれなき差別を生み出してしまいました。

貧乏な人が支援される社会は

誰にとっても悪いことじゃない。

どの政治的立場の人も

反対する必要がない。

右も左も。

努力すれば

報われるのが重要です。

個人的には

能力がなくて

正社員になれない

または働けない

そういう人もいますから

それがすべてではありませんが

支援があることで

能力が元々あり

将来収入が上がる人もいるということです。


今般の試算は15歳のみで

他の年代や

これからの人たち

含まれていません。

対策しないで

やった場合

社会の損失は大きい。


なお

働いていない人は

怠け者ではありません。

引きこもりとかがいるからです。

引きこもったために

仕事できなかった人です。

障害者もそうでない人も

働きかけがあることで変われます。

変わる程度は大幅ではありません。

少々です。

しかし

変われます。

悪影響を与えたら悪くなってしまいますが

良い働きかけをしたら

変われるのです。