日本愛されている論や日本の技術や学問のすごさへの賞賛は私たちの民族主義から来るのです。
スポーツ選手の日本人が活躍したら喜ぶのも民族主義です。
国家レベルでの自己愛です。
自己愛が不正確なら自信といえるでしょう。
サッカーでの愛国心は健全で今まで誰もやれなかった民族主義を回復しました。
民族の自信と民族の自己愛。
当然他者の民族主義だって尊重される結果にならなくてはなりません。
国のために死ぬのは当り前ですと中国の20代くらいの女性が言っていましたが「私が死んでもいいのだ。」と。
しかし戦争にならない限り死ぬことは少ないでしょう。
人助けで亡くなる人はいるし公務で亡くなる人はいますがその意味で「国のために死んでもいい。」のでしょうか。
日本人は相手に民族主義はないはずだとか日本人みたいにふるまえるはずだと思ってきましたが、これは不可能な願望です。
各国の民族主義を理解しなければ外交は理解できません。
外交とは外攻といっても過言でないほどせめぎあいなのです。国家エゴを通すために戦っている現実主義なのです。
また、温暖化防止交渉COP21において展開された各国の外交はこの辺までならできるよね?この辺はダメだけどという交渉の常を如実に表しています。
TPPとかCOPこそほんとの外交です。
民族主義と外交のバランスです。
絶対に認めたくないものを盛り込まない一方でできることは盛り込んでいます。
TPPもコメの関税は守りました。
その代わりに日本の自動車のアメリカの関税の引き下げ時期も遅らせました。
守るべきものは守り攻めるべきものは攻め守る目的で攻められない場合は攻めない交渉です。