瞬間(とき)の栞 

瞬間(とき)の栞 

幸せ、癒し、心の栄養になる「本と言葉」をご紹介してゆきます!
個人的な読書感想文、読書随想です。本の内容、あらすじができるだけ解るように努めています。
ただしネタバレがありますので充分ご注意ください!


当ブログは、本の感想を書いておりますが、あらすじなど

がわかってしまいます。叫び どうぞご注意ください星


ブログ記事中に、本の言葉を引用させて頂いて

おります。引用箇所は、太字で記載 しております。


 

 
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「 歌を作ることは、生きている証。

 

この嵐の中で歌が作れなくなったら、

 

死んだことになる。」

 

 

 

 

 

 

「かぜのてのひら」 俵万智

 

 

 
 
 

 

とても素敵な、思わず時が止まったかの

ような瞬間。

 

 

 

 

その瞬間を切り取った色褪せた懐かしい写真。

 

 

 

 

1枚の色褪せた写真を見ていると、次々と思い出が

甦ってきます。

 

 

 

 

そんな思い出や風景、匂いまで感じさせる短い言葉

で綴られた歌。

 

 

 

 

俵万智さんの日常は、すべて歌になり、

風に乗って、心の川面をやさしくなで、

僕の気持ちの中に光の粒を落して

くれました。1枚の色褪せた写真のように。

 

 

 

 

心は目には見えませんが、

心はふとした瞬間に語ります。

 

 

 

 

ふとした瞬間のしぐさ、ふとした

瞬間の言葉、ふとした瞬間の

哀しそうな眼。

 

 

 

 

その瞬間のほんのわずかな揺れが、心を、

気持ちを、雄弁に、正直に、語るのですね。

 

 

 

 

 

 

そういえばここが初めて会った場所 

今日は理由のある待ちぼうけ

 

 

 

 

語尾弱く答える我に断定の花束をなぜ与えてくれぬ

 

 

 

 

あの夏に君と笑ったお芝居のチケット栞にして読む詩集

 

 

 

 

どんな愛過ぎて今吾の前にいる知らずにいたいぐらい知りたい

 

 

 

 

「そのうち」と「ぜひまた」並ぶ君からの手紙

どちらにあるアクセント

 

 

 

 

我が頬の髪を払える余裕見てしまえば寂しいキスと思えり

 

 

 

 

 

 

俵さんの第一歌集 「サラダ記念日」は、ご自身の

思いに反して反響を呼び、社会現象とまでなりました。

 

 

 

 

それは、俵さんにとって嬉しいのと同時に、辛いことでも

あったのでしょう。 こうあとがきに記されています。

 

 

 

 

第一歌集という恵みの雨が、いつか嵐のようになり、

私自身が吹き飛ばされそうになりました。

 

 

 

 

しかし

 

 

 

 

そんな苦しい思いを支えてくれたのも、やっぱり

短歌だったのです。

 

 

 

 

歌を作ることは、生きている証。

この嵐の中で歌が作れなくなったら、

死んだことになる。

 

 

 

 

そう書かれています。

 

 

 

 

俵さんの、俵さん自身のすべてを賭けて、

自然に溢れ出た感情が、言葉に変わり、

描写されていない言葉の裏側の情景や

心の動きまでもが、読み手の心の中の

スクリーンに映し出され、気持ちの良い

ゆらぎを生んでいます。

 

 

 

 

 

 

ぎこちない父との会話 茶柱が立てばしばらく茶柱のこと

 

 

 

 

ふだん着で待つことのほうがむずかしい二回着がえて

もとのセーター

 

 

 

 

君の指から吾の指へ伝い来るてんとう虫のたしかな歩み

 

 

 

 

花ことば「さみしい」という青い花一輪胸に咲かせて眠る

 

 

 

 

はなむけの言葉を生徒に求められ「出会い」と書けり

別れてぞゆく

 

 

 

 

「最後の」とつけば悲しき語なれり集会、そうじ、校歌斉唱

 

 

 

 

 

 

真っ白い紙の上に浮かび上がった短い言葉は、余白までもが

ため息がでるような静謐を思わせ、その背景には幻想曲が

流れているかのようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

【出典】

 

「かぜのてのひら」 俵万智 河出書房新社

 

 

 

 

 

 

 

 

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「俺はアリーナの最後列の人たち、

 

入場できなかった人たち、シャイな

 

人たちのために常に歌って繋がって

 

いるんだ。

 

批評家や虐めっ子たちを飛び越え

 

られることを見せるんだ。

 

俺にそれが出来れば、誰にだって

 

やりたいことは出来るはず。

 

 

- フレディ・マーキュリー - 」

 

 

 

 

 

 

映画 ボヘミアンラプソディ 

 

 

 

昨年、今年と見に行きました。

 

 

 

映画の内容も、音も、創り手も、俳優さんたちも

すべて最高です!

 

 

 

ブライアン、ロジャーの最初のファンファーレから

フレディの 「hey!hey!hey!~」 の声で、もう世界に

のめり込んでゆきました!

 

 

 

かつてクイーンを聴いていた頃があったのですが、

♪ボヘミアンラプソディは、曲を飛ばして聴いて

いたんです。

 

 

 

でも

 

 

 

映画を見てから、ずっとリピートして聞いています。

 

 

 

 

素晴らしい詩と曲でした。

 

 

 

 

その時は、中間のオペラ調の意味が

わからなかったのです。

 

 

 

 

映画を見たら、すごくよくわかります。

 

 

 

 

映画の内容は、このフレディの言葉がすべてです。

 

 

 

 

俺はアリーナの最後列の人たち、

入場できなかった人たち、シャイな

人たちのために常に歌って繋がって

いるんだ。

 

 

 

批評家や虐めっ子たちを飛び越え

られることを見せるんだ。

 

 

 

俺にそれが出来れば、誰にだって

やりたいことは出来るはず。

 

 

 

- フレディ・マーキュリー -

 

 

 

 

 

フレディの魂が、この映画にかかわったすべての

人たち、映画を見た人、人、人に突き刺さるのですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、クイーンで個人的に好きな曲です!

 

 

 

 

 

 

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「他人を気にして、

 

他人と幸福を競おうとするから、

 

人は不幸になる。」

 

 

 

 

 

 

「知ることより考えること」 池田晶子

 

 

 

 

 

 

僕は考え込んでしまいました。

本書を読んで。

 

 

 

しばらく考えていました。

 

 

 

考えても、考えても、やっぱりわからない。

 

 

 

でも、考えないといけないと、

また考えました。

 

 

 

池田晶子さんの言葉は、書かれている言葉を

額面どおりに受け取ってはいけない。

逆説的にも考えなければならない。

深く、深く、考えないといけない。

 

 

 

辛辣な言葉もありました。

 

 

 

自身(池田晶子さん)の考えを押しつけている

のではないかという言葉もありました。

 

 

 

しかし

 

 

 

そんなことを超越して、心に深く突き刺さるものが

あるのです!

 

 

 

本当に人は、どこまで深く考えているのだろう。

 

 

 

考えていると言いながら、僕自身は全然考えられて

いないということを、読んでいる瞬間つきつけられました。

 

 

 

僕は、考えるというそのものに全然

至っていないということ。

 

 

 

 

池田さんの言葉を浴びつづけていると、言葉が感情に

変換され、文字という記号が、自分の体の中心に、

確実に、 「?」 という根をおろします。

 

 

 

その 「?」 とはなにか?

 

 

 

生とは? 死とは? 考えることとは?

 

 

 

今ここに存在しているということは、当たり前のこと

なのだろうか?不思議ではないのか?

 

 

 

外からの情報や、今まで生きて学んできた当たり前が、

今の自分をつくり、それがごく当たり前として成り立って

いる。

 

 

 

しかし

 

 

 

 

思索することによって、その当たり前が揺らぎ

もののみごとに崩壊してしまうのです。

 

 

 

 

我々は、社会を変えようとするより先に、するべき

ことがある。それこそが本当に確実な道なのである。

 

 

 

ただし少々時間はかかる。しかし宇宙の時間を

想えばいい。

 

 

 

 

考えること。

 

 

 

 

考えるとは、「本質の洞察」を行うことだと

池田さんは言う。

 

 

 

 

宇宙の神秘もそうですが、身近なことを考えると、

自分が今ここに存在すること自体がとても神秘

だと思いませんか?

 

 

 

 

人間、生まれてきたことによって、必ず死ぬ。

 

 

 

 

今生きていることは、幻想の中に生きていること

なのではないかとこの頃、僕は思っています。

 

 

 

今を幸せだと感じる。

 

 

 

このことが、幸せなんだと思っています。

 

 

 

不安になって、いろいろ先のことを考えてしまいますが、

なるべく考えないようにする。

 

 

 

今この瞬間、生きていることに喜びを感じ、自分が

活き活きとするようなことを見つけるようにする。

 

 

 

人と比べない。比べてしまうことによって、嫌な

思いになりますし、そうなるなら比べない方が

幸せを感じる。

 

 

 

過去を振り返ったとき、「どうにか今までやってきた

んじゃない!」 「辛いこともいっぱいあったけど、今

こうやってここに生きているじゃない!」

 

 

 

だから何とかなりますよ!

先のことは先で考えたらいいし!

 

 

 

 

人生には今しかない、寿命なんてものは結果に

すぎないという、当たり前のことを言っているだけで

ある。

 

 

 

幸せになるということは、我々が思っているよりも、

難しいことではないのかもしれないのである。

 

 

 

 

考える(本質の洞察)ことをするということは、

生きている上での怖さを軽減できることかも

しれない。

 

 

 

考えて、考えて、怖さを軽くすることで、幸せをより実感

できるようになるのかもしれない。

 

 

 

 

そのことを本書を読んで、深く感じました。

 

 

 

 

最後に

 

 

 

 

嫌な思いを回避するには、こう考えればいいのでは

ないかと、この言葉を心に刻みました。

 

 

 

 

「負組み」に回り、絶望して死にたくなっているあなた、

どうです、あなたもここらで幸福になりませんか、難しい

ことじゃない、簡単なことなのだ。

 

 

 

他人の言うこと他人のすることを気にしなければいいだけだ。

 

 

 

他人を気にして、他人と幸福を競おうとするから、人は不幸に

なる。しかし、生きているのは私でしかないのだから、世界

とは私なのだから、私が幸福にならずに誰が幸福になる。

 

 

 

 

 

※ 生死についてのお話もたくさんありましたが、それに

つきましてはまた、池田晶子さんの別書で触れて考えて

みたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

【出典】

 

「知ることより考えること」 池田晶子 新潮社

 

 

 

 

 

 

 

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