すべてを捨てる勇気 のお話し。

大学時代、

唯一、親友と言える先輩がいた。

群馬県出身 太田高校卒

カート をしていた 

1971年生 石井ユウジ さん

彼とは、

バイトで深夜まで働き

1992年に

2週間ほど

オーストラリアのシドニーと、メルボルンに行きました。

滅茶苦茶楽しかったですよ。

当時、オーストラリアは、

経済発展中で、オリンピックを控えており、

勢いを感じていました。

バスで30分ほどで、

食事は美味しい。

人は親切

物価も当時は、

日本と比べ、激安

綺麗な海岸で海水浴

夜は‥

そこで、

移住された日本人ガイドさんから

よかったら、

ゴルフ場の仕事紹介するから

ワーキングホリディで来ない?

と誘われました。

当時、オーストラリアのゴルフ場は、

ラウンド 500円 だった。

今は、1万近いらしいが‥

そして、

日本人の客が急増しており、

人手が欲しかったらしい。

仕事終わったら、

ゴルフやり放題だよ。

と言われました。

ゴルフをヤラナイ自分でも魅力的な話しでしたが、

当時、

鍼灸専門学校2年で

学費も親に出してもらい。

大学も在籍中

とても行ける状態ではなかった‥

ただ、

友人の石井さんは、

何か吹っ切れたようで、

帰国中の飛行機の中で 

『 俺は、車とか全部売って資金を作り

イタリアに、レーサーになりに行く! 』

と突然言いだしました。

もう20歳だし、レーサーになるのもギリギリだから

大学も辞め、(昔から カート で地元で有名だったらしい。)

一か八か 俺は、イタリアに行くよ。

と言い出しました。

その後、

すぐに

彼は大学を辞め、イタリアへ‥

以降、音信不通です。

ただ、

年を取り思うのですよ。

結果はどうであれ

すべてを捨てて行った彼は、

成功ですよ。

自分もたまに思うのですよ。

昨今の

石川僚くんの活躍、接骨院の現状を考えると

行っていれば‥、

語学も身に付き‥、オーストラリアの今日の発展、ゴルフも身に付き‥

あの時‥

色々な人に、たとえ迷惑を掛けて

すべてを捨てて

何かを目指す。強い意志、勇気。

が必要なときもあるんでは‥と

自分は手遅れです。

もし、わが子が行きたい!

と言えば、

行け! と言ってあげたいね。


群馬県出身 県立太田高校卒

カート をしていた 

1971年生 石井ユウジ 

 

連絡求む。

  慶応大の体育の授業で

一緒に、逆立ちしたり、

帰国後、ジュリアナ東京に行った 

俺です。 あの時は‥