私、小説のジャンルに関しては出来る限りチャレンジしてみようという質でありまして、今現在も色々と勉強中の身であります。

 

 今のところ、Nolaノベルにて掲載中のジャンルだと、ギャグコメ、ラブコメ、異世界ファンタジー、ハートフルコメディ、バトルモノ、お仕事アニマルシリーズ(これは私の勝手な呼称です)、二次創作(同じNolaノベルにて活動中の秋定弦司先生著『秋定与太話シリーズ』からの派生作品)、ショートショート、一般文芸、ポエム、厨二病といった感じになります。

 

 その中でも、ギャグコメが自分にとっては馴染みが良いジャンルです。

 

 やっぱり、笑うのが好きですからね。

 

 とはいえ、”笑い”というのは中々に難しいものです。

 

 特に小説で笑いを取るとなると、大笑いを取るのは至難の業でしょう。

 

 そもそも、ネット小説におけるギャグコメの需要があまり無いというのも背景にあるのでしょうな。

 

 そういったのも込みで考えると、必然求められる”笑い”のあり方も決まってきて、大笑いよりもくすっと程度がこの界隈ではウケる感じです。(あくまでも私の所感です)

 

 というよりも、この令和のご時世自体が大笑いよりもくすっと笑いが主流なのかなと思います。

 コンプラやSNSによる炎上の可能性を懸念した風潮。

 モラルとしては非常に良いことだと思います。前時代を知る身からすれば。

 

 ただ、笑いを追い求めるという点からしたら、かなり洗練されたモノを求められるのが今の御時世なのかなと感じます。

 

 閑話休題。

 

 さて本題に入ります。

 

 ”笑い”について一旦私の結論を提示します。

 

 ”笑い”とはそもそも加虐的攻撃的卑劣的性格を有しているものだと。

 

 どういうことか?

 

 笑いとはそもそも、誰かが笑われ誰かが笑うのです

 

 だって、独りでに笑いだしたら怖いでしょ?

 

 皆一斉に何の脈絡も無く笑いだしたらホラーじゃないですか。

 

 なので、”笑い”とは必ず笑う者と笑われる者がいて成立するのです。

 

 少し逸れますが、笑いの発生過程は…

 

 日常→許容出来る非日常的出来事

 

 といった形です。

 

 従って、誰かが滑稽な様を晒している、若しくはそれを想起させる様な行いが笑いを生み出すのです。

 

 なんだか発電と似てますね。

 

 位置エネルギーを利用して発電みたいな。

 

 話しを戻します。

 

 以上の点を踏まえると、あることが浮かび上がります。

 

 それは、笑いを求めれば求めるほど道徳やモラルを欠いた行いに近づいていくということです。

 

 さっきの図式、日常→許容出来る非日常的出来事が、日常→許容できない(行き過ぎた行い)非日常的出来事といった具合になるからです。

 

 一昔前に流行ったバカッターとかは良い例でしょうな。(本当はテレビ番組とかの方でえげつない事例もあるのですが…ここでは触れないでおきます)

 本人たちは面白いと思ってやっているつもりだが、やっていることが日常から外れたものなので炎上するのは当たり前。

 公共の場で嬉々として野糞を始めるようなものです。(これがお笑い番組とかコントとか然るべき場所と条件なら成立するかもですが…こいうのを真似する人が出始めるから無理なんでしょうな)

 

 とまあ、一例程度なので全てを網羅したわけでは無いですが概ねこんな感じです。

 

 なので、笑いとは多かれ少なかれ攻撃的なのだという事を念頭に置かねばならんのです。

 

 だからこそ、ギャグコメを書く以上は漠然と大笑いを求めて書くよりも、『こういう出来事があったら笑っちゃうよね』くらいの小さなところから考えたほうが良いんですな。

 

 まとめると、これからギャグコメ作品を小説で書く方、大笑いを狙わないでくださいね!自分が思う大笑い確実に滑りますヒィーーー(ノ)ºДº(ヾ)ーーー!!!!!