吉村昭『桜田門外ノ変』を読んで、
関連史跡を巡り歩いてきました。
🔴土蔵相模〜愛宕神社〜桜田門
〜井伊掃部頭邸跡
🔴鎌倉 上行寺
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『土蔵相模』
品川宿の妓楼「相模屋」
桜田門外の変前夜、襲撃に参加した水戸藩浪士たちが集まり、最後の打ち合わせと決別の宴(訣別の杯)を行った。
そして当日、安政7年(1860)3月3日早朝、雪の中土蔵相模を出発し、愛宕神社へ向かう。
『愛宕神社』
水戸・薩摩藩浪士18名は、最終集合地である愛宕神社に集結し、神前にこの義挙の成功を祈願しました。
裏面には浪士18名の名が刻まれています。
愛宕神社から桜田門まで歩いて約30分
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桜田門へ
霞が関中央官庁前を行きます。
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桜田門
安政7年(1860年)3月3日早朝、水戸脱藩浪士17名と薩摩藩士1名は、江戸城に登城して行く大老井伊直弼を桜田門外にて襲撃しました。
この「桜田門外の変」により、幕府の崩壊が加速し、数年で維新へ繋がります。
歴史の大きな分岐点になる事変でした。
井伊掃部頭邸跡へ🚶🚶🚶
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鎌倉にも関連史跡がありました。
鎌倉市大町にある上行寺です。
桜田門外の変で井伊大老を襲撃した水戸浪士の一人である広木松之介は、鎌倉へ逃れた際に上行寺にかくまわれました。
しかし、同士が次々と刑死した事を知り、文久3年(1863年)3月3日に切腹しました。
境内墓地には松之介の墓があります。

大正5年(1916年)に、海軍大将 上村彦之丞の筆による「贈 正五位廣木松之助之墓」石碑が建立されています。

『偉生人』 Vaundy





























