伏見稲荷大社から山を下って、東福寺に行きました。
11時過ぎに着きましたが、通天橋の拝観する一般客はあり得ないほどの列になっていました。
通天橋の入り口から本堂の前まで列が伸びていました。
この時期は午前中は避けた方が賢明です、午後2時すぎくらいには解消していました。
それにしても東福寺の紅葉のは凄いですが、人の多さも物凄いです。でも、それまでしても見る価値はありました。


京都日記 世界遺産・ときどき名古屋-東福寺



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東福寺
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東福寺

本堂(仏殿)
所在地 京都府京都市東山区本町15丁目778
山号 慧日山(えにちさん)
宗派 臨済宗東福寺派
寺格 大本山、京都五山四位
本尊 釈迦如来
創建年 嘉禎2年(1236年)
開基 九条道家
正式名 慧日山 東福禅寺
文化財 <国宝>
三門、宋版太平御覧、
絹本著色無準師範像 他
<重要文化財>
常楽庵、禅堂、偃月橋、
絹本著色釈迦三尊像、
木造地蔵菩薩坐像 他多数

東福寺(とうふくじ)は、京都市東山区本町にある臨済宗東福寺派大本山の寺院。山号を慧日山(えにちさん)と号する。本尊は釈迦如来、開基(創立者)は、九条道家、開山(初代住職)は聖一国師円爾(しょういちこくしえんに)である。京都五山の第四位の禅寺として中世、近世を通じて栄えた。明治の廃仏毀釈で規模が縮小されたとはいえ、今なお25か寺の塔頭(たっちゅう、山内寺院)を有する大寺院である。

歴史
東福寺は京都市東山区の東南端、伏見区と境を接するあたりにある。この地には延長2年(924年)に藤原忠平によって建てられた藤原氏の氏寺・法性寺(ほっしょうじ)の巨大な伽藍があった(法性寺は、JR・京阪東福寺駅近くに小寺院として存続している)。嘉禎2年(1236年)、九条道家(摂政・鎌倉将軍藤原頼経の父)は、この地に高さ5丈(約15メートル)の釈迦像を安置する大寺院を建立することを発願、寺名は奈良の東大寺、興福寺の二大寺から1字ずつ取って「東福寺」とした。5丈の釈迦像を安置する仏殿の建設工事は延応元年(1239年)から始めて、完成したのは建長7年(1255年)であった。高さ5丈の本尊釈迦像は元応元年(1319年)の火災で焼失、14世紀半ば頃に再興されるが、明治14年(1881年)の火災で再び焼失している。なお、東福寺には巨大な「仏手」(現存部分の長さ2メートル)が保管されており、旧本尊像の左手部分のみが明治の火災の際に救い出されたものと推定されている[1]。これは創建時の本尊ではなく、14世紀に再興された本尊像の遺物であるが、本尊の「高さ5丈」というのはあながち誇張ではなかったことがわかる。