《あの日》
最近購入したスタンドライトの蝋燭の炎のような暖色系のLED電球の灯りに照らされたシーは、ベージュの柔らかな毛布から丸い顔を見せて一定のリズムで寝息をたてています。
恐れを知らないその無垢な寝顔は、宇宙に生命が生まれたまことの理由を物語っているかのよう…
わたしは小さな声で囁きます。
シー
………
もうすぐ午前3時、漆黒の夜空にははるか彼方から届くたくさんの星の光が明滅し、宇宙の存在をいかにもたしかにともり続けています。
シーが目覚める時間です。
わたしはベージュの毛布を頭からすっぽりかぶって丸くなり、子どもの隠れんぼのように姿を消します。
午前3時を過ぎ、やはりシーが目を覚ましもそもそ動き始めました。
欠伸をひとつしたあと身体をぶるんと振るわせ、となりで寝ているはずのわたしの顔が見えないかわりにベージュの毛布がこんもりと小高い丘のように膨らんでいるのをじっと見つめます。
そのベージュの毛布の膨らみを、確認するかのように前足で数回叩いても微動だにしないと、ついに吠え出します。
ウー
ワンワン
ウー
ワンワン
わたしが、赤ちゃんに対するいないないばーのようにベージュの毛布からパァッと顔を出すと、シーは安心した様子で飛び込んで来てすぐにわたしの顔をピンク色の舌で舐め始めました。
今日は、マグダラのマリアとわたしが小学校時代を過ごした東北地方太平洋沿岸の田園が広がる村へ行く約束をしています。
あの懐かしい「森」へはじめてシーとマグダラのマリアを連れて行きます。
東日本大震災の大津波からかろうじて難を逃れたあの「森」へ…
シーがまだ生まれる前の、平成23年3月11日午後2時46分、わたしは仙台市青葉区中心部の3階建ての事務所1階の自分の机に腰掛け、パソコンで仕事をしていました。
揺れが始まります、しかしいつもの地震と同じだと思いました、最初の衝撃が、日常的な地震とさほど変わりなかったからです。
しかしすぐに揺れが大きくなり始め、船に乗っているようにゆっくりゆっくり並行に大きく揺られ、机やらパソコンが動き出します。
女性事務員が悲鳴をあげ、さらに横揺れだけではなく縦にも激しく揺れ始めました。
天井の照明がすべて消え、パソコンの画面も落ちました。
しばらくして揺れが弱まりますが、そこからさらに大きく激しく揺れ出し、天井のパネルを繋ぐ金属製の板が落ちて来ました。
揺れはなかなかおさまらず、机につかまって天井が崩れないか見上げながら未曾有の巨大地震を感じました。
長い時間でした。
もう尋常な地震ではないことを悟ります。
ようやく揺れがおさまるとわたしは、すぐに外に出ました。
灰色の鉛のような曇り空が印象的でした。
やたら無風で、仙台市中心部の街全体が異様に蠢くようにざわめいています、なぜか薄い白い煙が街全体にたちこめて煙った匂いもします。
隣の古い雑居ビルの壁が崩れて、コンクリートの破片と看板やらが舗道に落ちていました。
今まで経験したことのない異様な世界、これらは人類の終末期の世界のようにすら感じました。
わたしは、すぐそばの枝だけの欅並木に覆われた定禅寺通りまで小走りに急ぎました。
途中、古い木造家屋が崩壊して、灰色の瓦屋根だけになっていました。
都会に浮かぶ湖のような欅並木の定禅寺通り、その中央分離帯の遊歩道には、すでに多くの避難して来た人々が寒さに震えながら、一様に被害を免れた安堵感を浮かべて立っていました。
蠢く人間たち、その異様な光景は、やはり終末観的な印象を与え、自然の脅威にまったく無力な人間社会を浮き彫りにしているようでした。
わたしは、宇宙と交信をしている「森」のような枝だけの欅並木を見上げました。
これはすべてをかえりみない人類至上主義の人間社会への審判であり断罪なのかと…
事務所へ戻ると、電池式のポータブルテレビを同僚たちと囲み、報道用ヘリコプターから流れる中継に釘付けになりました。
仙台市近郊の名取の閖上地区に、信じられないほどの巨大な黒い大津波が襲っていました。
防風林の松の木をまず呑み込み、黒い祟り神のような大津波が地を這い田畑や人家をゆっくりと呑み込み、さらに走って逃げる1台の乗用車をも襲いました。
目の前で人が死んで行く様子がスローモーションのように映し出され、これは映画のワンシーンかと思うぐらい現実味がないにも関わらず、これは紛れもない恐ろしい真実でした。
すぐに帰宅の指示が出され、わたしはふたたび外に出て、鉛のような昏い曇り空を見上げると、細かな白い雪が舞っていました。
あの日は、3月でもとても寒い日でした。
