《第3章、トミエの懺悔》


姉妹が「森」へ消えると、トミエさんは急いで家に戻りました。
とても興奮していました。
クラスでうわさの姉妹の正体を、確認できたのです。
中学校へ通う姉に、「森」で目撃した姉妹の詳細を誇らしげに話しました。


その日の夕方です。
阿武隈山地のなだらかな稜線に夕陽が沈む頃、村の不良少年グループの数人が集まりました。
仲間のヨウコさんの姉から「森」の姉妹について詳しい話しを聞き、興味を持ちました。
とくに黒く長い髪の美しい姉に、興味を持ちました。

まわそうぜ
………

紺碧色の満月の夜になり、不良少年たちは「森」へ入りました。
「森」の上の夜空には、何十年億年もかけて届いた星たちの光が瞬き、今夜は流れ星がやけに多く流れます。
いま思えば、それは星たちの流した涙だったのかもしれません…


翌朝、スズメのさえずりを聞きながら、田んぼの様子を見に来た百姓の老人が、金色の稲穂が靡く田んぼの真ん中の盛り土の上に立つ「一本松」に、異様なものを感じました。

やけにカラスが多いのう
………

朝陽を浴びて眩い「一本松」の枝に、何かがぶら下がっています。

(「一本松」とは、おとなの男が両手をひろげても届かないほどの皺の重なる太い幹に、3つの太い枝が伸びて傘のように聳えている1本の松の木です)

それは「一本松」の3つに分かれた太い枝のうち、子どもたちからはその先がとても見晴らしのよい頂きへとつながることから「展望台」と呼ばれていた太い枝に、ひとりの若い娘が、縄をかけて首を吊っていたのです。

生気を失った黒く長い髪が垂れ下がり、白い肌着だけの脚の付け根から細い太ももにかけて、血が流れた跡が残っています。
それは、朝陽に包まれたほふられた白い子羊のようでした…


百姓の老人は、腰を抜かしそうになりながら慌てて家に戻り、家族のものがすぐに警察へ連絡をしました。

首を吊ったのは、「森」で妹と暮らしていた艶やかな黒く長い髪のあの美しい娘でした。
警察が駆けつける前に、村の村長=「森」の主が騒ぎを察して飛んで来ました。
娘の憐れな姿を見て涙を流し、すぐに枝から白い肌着だけの細い身体を地面に下ろし、やわらかな毛布をかけました。

警察は現場検証も済ませていないのに、勝手な行動をした村の村長=「森」の主を咎めましたが、常に冷静な彼が、珍しく声を荒げて言い放ちました。

きたない手でさわるな
「森」の裁きを受けたいのか
………


不良グループのリーダー格の少年が、村の有力な地主の息子であったためか、不良少年たちは証拠不十分で不起訴処分になりました。

姉妹のうち残った妹は、異様に大きく発達したひたいが、やはり籟病(ハンセン病)ではないかと疑われました。
すぐに県の役人が調査に訪れましたが、すでに妹は姿を眩ませていました。
どこを探しても、見つからなかったと言います。


トミエさんはこの事件を受けて、長く寝込みました。
自分の軽はずみで、中学生の姉に「森」に住む姉妹のことを漏らしたために、このような悲劇を生んでしまいました。

胸が裂けるような後悔の涙を流し、ようやく起き上がれるようになると、村の村長=「森」の主の強い意向で「森」の中に埋葬された姉の小さな墓を訪れました。

花を手向け両手を合わせると、あのとき慈しみながら妹の縮れた髪を洗い、おにぎりを嬉しそうに頬張っていた姉妹の姿が蘇り、また涙が頬を伝わります。

ほ、ほんとうにごめんなさい
………

するとそのとき、頬を撫でるような風を感じました。
豊潤な樹々に覆われ昼間でもやや薄暗い樹々の隙間から、じっと彼女を見つめる視線を感じます。

どうやら白い動物です。
樹々の木漏れ日の中に顔をあらわすと、それは血に染まった白い子羊でした。
彼女は悲鳴をあげました。
しかし、どこかしら澄んだ優しげな眼差しでした…





《終章、「森」の決意》


夕陽が、阿武隈山地のなだらかな稜線に隠れようとしています。
田んぼの真ん中の盛り土の上に聳える「一本松」は、東日本大震災の津波にも耐えて残りました。

「一本松」の下には、ひとりのおとこと一匹の子犬が、傘のように広がる太い枝を見上げています。
夕陽にアッシュブラウンの髪とTiffanyのsilverのサークルピアスが反射し、小型犬の白とゴールドの体毛も眩く輝いています。

おとこは、一本の太い枝に手を添えました。
それはあの姉妹の姉が縄をかけた「展望台」と呼ばれている太い枝でした。
小型犬がワン、とひとつ吠えました。


「森」の中に、先ほどのアッシュブラウンの髪にTiffanyのsilverのサークルピアスのおとこと、白とゴールドの体毛の小型犬がやって来ました。
すでに雑草に覆われた小さな盛り土の前、それはあの姉妹の姉の墓の前にいます。
ここでも小型犬がワン、とひとつ吠えました。

シー
ありがとう

おとこは、愛犬のシーズーのシーに語りかけます。

シー
「森」の声が聴こえてくるよ

樹々が風に揺れました。

むかし子ども頃、この「森」の奥からピアノの音色が聴こえました。
今でも耳を澄ませば、聴こえて来そうです…


「森」の奥の、かつて村の村長=「森」の主が住んでいた赤錆びたトタン屋根の平屋建ての庭…
そこにはいちめん、灌木のような子供の背丈ほどもある背の高い植物「トゥゴマ」の、棘のある赤い紡錘形の実がみのっていました。


ついに「森」の声が動き始めます…