《序章》


海のように深い樹々が覆う森の中を、ゆったりとした白いパーカーを着た少年たちが、歌いながら歩いています。
穢れを知らぬ天使のような歌声が、樹々に共鳴します。

木霊が目を覚ましました。

前には、Tiffanyのsilverのピアスにライトブラウンのパーマヘアのおとこと、白とゴールドの体毛の小さな犬が見え隠れします。

やがてその姿は、森にとけて消えてしまいます。
ミィデァムヘアに膝まであるだぶだぶの白いパーカーの少女が見送ります。


精霊を来たりたまえ
空を超えてはるか彼方へ




《第1章   赤   12月24日》


仙台か…

この春に中学校を卒業する少女ミウは、以前とても感銘を受けたフランシス・フォード・コッポラ監督の映画「地獄の黙示録」の主人公のアメリカ軍人が、熱帯ベトナムのサイゴンの蒸し暑いホテルの一室で呟いた冒頭のシーンの真似をしました。

真っ白な天井と壁…
ベットの脇の硝子細工のような色とりどりの傘の電気スタンド…
ごげ茶色のフローリングの床に
ひし形模様のベージュのカーテン…

しかしすべてが赤く感じます。

とくにひし形模様のベージュのカーテンが、暖炉の焔ように燃えるようです。

暑い…

ここは冬の仙台、熱帯のサイゴンではありません。

しかし、暑い…

全身から汗が滲み出ます。

ミウはエアコンのリモコンを手に取り、画面を確認しました。

27度…

暖房が強すぎたかな?

エアコンの温度を下げました。

白い壁に掛かった丸く鶯色のアナログ時計の針は、午前6時前です。

枕元のテレビのリモコンのスイッチを入れました。
スーツ姿の中年男性のアナウンサーが映ります。
しかし、画面はジージーと音を連発して途切れ途切れです。
音声もうまく聞こえません。

………
ジージージー
ジージージー
………
アメリカ本土
………
ジージージー
………
核爆弾
………
ジージージー

一瞬そんな言葉が聞こえたような気がしました。


………
まさか…

ミウは跳び起きて、燃えるように赤いひし形模様のカーテンを少し開けました。
15階からの東の空は、不思議なほどに赤々と染まっています。
ビルというビルが、赤く反射して眩しく感じます。
数日前に降った雪が溶けて、アスファルト道路は一面黒く濡れています。
まだ太陽が顔を見せてはいないというのに、東の空を中心に空全体が鮮やかに赤いのです。

………
なにこれは?
………

急いで枕元のiPhoneを手に取り、東京に宿泊している両親へ電話をかけます。

ツーツーツー
ツーツーツー

繋がりません。
もう一度…

ツーツーツー
ツーツーツー

ミウは、赤く染まったひし形のカーテンをめい一杯開けました。
部屋中に、強い日差しが入り込みます。
すべてが赤く染まります。
もはや地球が、太陽の強烈な熱に《とける》ようです。




《第2章   紺碧   12月23日》


広島から東京へ両親と法事のためにやって来ました。
法事が終わるとミウは、ひとり東北新幹線で仙台へ向かいました。

今年の5月に、初めて仙台を訪れました。
とても素敵な出会いがありました。

………
ユッキーとシー

Tiffanyのsilverのピアスにライトブラウンのパーマヘアの男性のユッキー
彼の愛犬シーズーの白とゴールドの体毛に丸い顔につぶらな瞳のシー
ほんのわずかな出会いでした…

5月の定禅寺通りの欅並木は、豊潤な葉をいっぱいに繁らせて包んでくれました。
夕陽に赤く縁どられた樹々から、声が聴こえるようでした。

《碧い声》が…


ミウは両親にお願いをして、仙台冬の風物詩SENDAI光のページェントを観に来ました。
あるいはふたたび、ユッキーとシーに出会えはしないかと強く願いながら…

前日降った雪のため定禅寺通りの中央分離帯の遊歩道は、雪が固まり凍っていました。
滑らないように慎重によちよちと歩きながら、3つのブロンズ像のうち真ん中の少年の姿をした黒いブロンズ像を目指しました。

5月に、すぐそばの木製ベンチに腰掛けました。
そしてユッキーとシーから、大切なメッセージ(紙片)を受け取りました。

ミウは絵と小説を書いていると言っていましたね
いつの日か白とゴールドの小さな犬の物語を描いてみてください

《新しい物語》を…


紺碧色の夜でした。
樹々に散りばめられたイルミネーションが星のようです。
無数のオレンジ色の光が天空に煌めきます。

遊歩道は、大勢のカップルや家族連れが歩いています。
幸せそうな笑顔を浮かべています。
人間社会の秩序に従って生きる人たちです。

ミウは、人影の中を追いました。
ユッキーとシーの姿を…
きっと来てくれるそんな気がしました。

見上げると、イルミネーションの無数のオレンジ色の光に吸い込まれそうです。
紺碧色の夜空には、彼方の光が見えるようです。