紅白の車止めにリードを結わえたシーに、携帯用のピンク色のカップで水をあげました。
シー
どう思う?
あの人は、不思議なことを言っていたね
シーは何か見えたの?
なぜさっき吠えたりしたの?
シーは、舌を送るように上手に使い、黙ったまま美味しそうに水を飲みました。
それからようやく、アサノスーパーへ入りました。
すると待ち構えていたかのように、シーをよく可愛がってくれる犬好きの温和なパートの白髪のオバさんが、弾んだ声をかけて来ました。
シーちゃんのパパさん
あの女性と話をしたのかい
あの人は
ほら
駐車場の隣の大きな家のひとり娘だよ
………
なんでも、赤ん坊が生まれてすぐに亡くなったらしくて
いつも正午になると
ああして駐車場から空を見上げているんだよ
しかも、不倫だったという話しらしいよ
翌日も私は休みでした。
秋の空は、ひつじ雲が青い草原を並んで歩いています。
正午を待って、シーとアサノスーパーへ行きました。
私は、あの鮮烈な赤いバラの模様のワンピースの彼女に、また会いたい気持ちでした。
切れ長の美しい瞳の奥の秘密を、確かめたいと思いました。
燻んだワイン色の垣根付きの舗道を、ブルーの空を見上げながら歩きました。
やはり何もかわりありません。
白いひつじ雲のほか、アイボリー色の半透明なものなど見えません。
シーがぐいぐい前に進む具合に、アサノスーパーの駐車場へ着きました。
今日は、白いカーディガンに落ち着いた淡いグレーワンピースの彼女が、やはり空を見上げていました。
切れ長めの美しい瞳です。
やわらかく微笑んでいます。
私は、そのまま彼女を見つめました。
シーも軽くしっぽを振りながら、じっとしています。
やがて、彼女の右腕が肩まで平行に上がりました。
昨日と同じように、右脇にいる何かに触れているようです。
しばらくして彼女は、彼女の言う赤ちゃんを見送るように、優しい微笑みで、再びひつじ雲の並ぶブルーの空を見上げました。
こんにちは
今日も赤ちゃんが降りて来たのですか?
あら
シーちゃん
こんにちは
ええ
あの子は、今日も青い空にとても機嫌が良かったわ
失礼ですが
俺にはやはり、白い雲のほかに何も見えません
まだ、アイボリー色の半透明なものは見えません
俺はその存在を知れるほどに、 犠牲を払っていないということなのですか?
………
ごめんなさい
私に言えることは
何か大切なものを失った時に
空を見上げるということだけです
その秋の正午以来…
私とシーは、休みの日には必ずアサノスーパーの駐車場で、彼女と会うようになりました。
彼女は、いつも空を見上げていました。
しかし、自分のカンガルーほどに成長した赤ちゃんについて、それ以上詳しく語ることはありませんでしたし、さらに、不倫らしい相手の男のことも一切触れることはありませんでした。
やがて12月に入り、すっかり寒い日が続きました。
冬の太陽は、隠れんぼをするかのように暗い雲に覆われる日が多くなりました。
散歩すると、シーは白い息を吐きました。
そして、クリスマス・イヴを迎えました。
私は彼女に、ささやかなクリスマスプレゼントを用意していました。
クリスマス・イヴの正午…
濃紺のデニム生地のジャケットの蓋つきのポケットの中のiPhoneからクリスマスソングを流しながら、シーといつも通りアサノスーパーへ向かいました。
しかしその日も、雪模様の穢らしい黒い空でした。
駐車場は、薄っすら白い雪が覆っています。
シーは、やはり白い息を吐いていました。
彼女は、その黒い空を見上げていました。
しかも黒のレザージャケットに、あの鮮烈な赤いバラの模様のワンピースを着ています。
しかもその様子は、今までにない異様な雰囲気を漂わせていました。
なんと彼女は、ブーツではなく白いスニーカーを履いていたのです。
鮮烈な赤いバラの模様のワンピースには決して相容れない、白いスニーカーです。
私とさかんにしっぽを振るシーが近づいても、彼女は黒い空を見上げたままでした。
切れ長の美しい瞳に、翳りを感じました。
しばらくすると、ようやく私たちに気づきました。
あら
シーちゃん
こんにちは
シーは、彼女へ近づこうとぐいぐいリードを引っ張ります。
シーちゃんは
いつもかわいい子ね
彼女は、しゃがんでシーの頭を撫でました。
鮮烈な赤いバラの模様のワンピースから、白い太ももが覗いてハッとしました。
シーはやや顔を上げて、満足気に目を閉じています。
