しばらくして、美沙の幼なじみのさえちゃんも、同じお店で働き始めることになりました。
私が飲みに行くと、必ずさえちゃんも顔を出して、しばし話しをしました。

彼女は、たびたび海外に1人で何ヶ月か過ごし、日本に帰って来ては、また仕事をして、お金が貯まると、海外に出かけるという生活を繰り返していました。
しかも彼女が訪れる国は、有名な観光地などがある国ではなく、ソビエト連邦の1国だった国とか、あまり知られていない国ばかりでした。

なんでそんな国に行くの?

とてもいい国よ
知られてないだけ

彼女は、英語を勉強する傍ら、いろいろな国を研究していて、そんな無名の国でさえ、ちゃんと魅力をわかっていました。

この国はとても自然がきれいなのよ

たしかそんな話しもしていました。
そして美沙は、そんなさえちゃんを実の妹のように可愛がっていました。

さえは、目標を持って生きている
ちゃんと英語を勉強して、好きなことをやっている

どちらかと言うと、まだ目標を持っていなかった美沙にとって、歳下なのに懸命に努力を続けているさえちゃんは、輝いて見えたのかもしれません。
そしてその頃、公式テニスの県の大会でシングルスに出場していた私に対しても、熱く応援してくれました。

試合に勝ったら教えてね
お祝いメール送ってあげるから

実際、試合に勝ってメールを送ると、美沙からとても派手なメールが届きました。
おめでとうの絵文字を始め、優勝した時のくす玉の割れた絵までありました。

パチパチパチ



こんな感じの私たちでしたが、3人には共通の大好きなアルバムがありました。
私の11月の誕生日が近づいたある日、冗談のつもりで美沙におねだりしてみました。

GUCCIの腕時計がいい

そして誕生日当日、私と美沙は、いつもの仙台の一番町にある居酒屋で、お酒を飲みました。
美沙はあまりお酒が好きではなくて、いつもジュースか烏龍茶を飲んでいたと思います。
私は当然いつものプレミアムビールを、飲んでいました。
そして誕生日ということで、料理もいつもよりちょっぴり豪華にしていました。

これ誕生日プレゼント

え?
ありがとう

びっくりしました。
なぜならプレゼントの包装紙が、GUCCIだったからです。

これもしかしたら?
開けてもいい?

あはは
もちろん

美沙は、やや緊張気味ながら満面の笑みでした。
私はドキドキしながら、GUCCIの包装紙を丁寧に解いて、やや小さめのブラウンの四角い箱を開けました。

ほんとに

やっぱり箱の中は、シルバーのGUCCIの腕時計でした。

ほんとにいいの?
高かったでしょ?

うん
誕生日おめでとう
あはは

ほんとにありがとう
とてもステキな時計だよ

私は、ほんの冗談が本当になって、とても恐縮していました。
美沙に無理をさせてしまった。
でも彼女の気持ちがとても嬉しくて、感謝の気持ちでいっぱいでした。
催促されて腕時計をしてみました。

あはは
似合うね

ありがとう
もう今日からずっとするから

うん
でももっとユッキーにあげたいものがあるの
これよ

美沙は、ビニール袋から1枚のCDを取り出しました。

当然、見たこともないCDでした。

Libera(リベラ)っていう少年合唱団なの
すごくいいから聴いてみて
あはは

美沙は、カバンから小型のポータブルCDプレーヤーを出して、CDをセットし再生してくれました。

とくにこの曲がいいの

少年たちのとても澄んだ美しい声に、美しい曲。
びっくりしました。
そしてそれが、Libera(リベラ)のFar away(彼方の光)でした。

すごくいい曲だね

そう
私大好きなの
とても癒される
あはは







美沙は、高校も中退していたし、正直それほど教養のある女性だとは思っていませんでした。
しかしこうして、私に自分がとても美しいと感じている曲を聴いて欲しくて、CDまで買ってプレゼントしてくれるなんて、本当に思ってもみないことでした。

美沙ちゃんは、ほんとに美しいものがわかるんだね

あはは
さえも、Libera(リベラ)が好きなんだよ

それから私は、毎日通勤中にカングーの中で、Libera(リベラ)を聴きました。
ほんとに通勤の行き帰り両方とも、Libera(リベラ)を流し続けました。

ですから、私が美沙に会いに飲みに行くと、さえちゃんも加わって、よく3人で、Libera(リベラ)の話しをしました。

やっぱり6番目の曲が1番いいね

私もそう

あはは
もちろん

私も美沙もさえちゃんも、1番のお気に入りは、やっぱり、Far away(彼方の光)でした。









美沙がお見舞いから帰った後、1人で犬のことを考えました。

でも親父は介護施設にいるし、もうちょっと先かな


それから1週間ほどで、無事退院することができました。
ちょうどお盆の夏休みに入ったため、出勤はお盆明けでよくなりました。
しばらく胸に包帯を巻いたままの生活が続きました。

たしか2、3週間後に腫瘍の検査結果が出ました。
良性でした。
若くして死ぬことは避けられました。

ほんとによかった


それから秋になり11月になりました。
再び誕生日がやって来ました。
当日は、やはり美沙に会いにお店まで行きました。
その頃の美沙は、仙台市近郊の名取市にある離婚した父親の実家に、よく泊まりに行っているようでした。

そしてその日も、誕生日プレゼントをもらいました。

ユッキー
ほんとのプレゼントは、おばあちゃんの家に忘れて来たから、何もないのはと思って代わりにこれで
ごめんなさい
今度おばあちゃんの家に行ったら、取って来てまたプレゼントするから
あはは

三越の包装紙のプレゼントは、私がいつも愛用しているニット地のハンカチでした。
お店を出る時、美沙はエレベーターの前まで、見送りに来てくれました。
そしていつも通りに、手を振ってくれました。

バイバイ
あはは