《自発的な創造、シーのひとみとともに》


わたしはシーの白にゴールドの体毛のやや寸胴な身体を抱きかかえ、マグダラのマリアはほんの少しクロエオードパルファムの香りを漂わせながら、その細い腕をわたしの腕に通して、まだ雑草だけの向日葵畑の傍らから、あの懐かしい「森」を眺めました。

午前の陽に眩く揺れ、澄んだ空の下に「森」がありました。
宇宙の下に「森」がありました。

何もないのではなく、何かがあることの理由…
宇宙には重力のような法則があるため、宇宙は無から創造することができましたし、これからもそうするでしょう。
そしてこの自発的な創造こそ、宇宙が存在する理由であり、我々が存在する理由なのです。
その宇宙の下にあの「森」がありました。


シーはピンク色の舌をちょっとだけ出し、そのつぶらでくもりのないまなこで、その宇宙の下のあの「森」をはじめて見ました。
じっとしたまま、ときおりピンク色の舌をぺろりとさせながら…

そして、シーのそのつぶらなひとみに映る映像は、驚くことにわたしの子どもの頃の記憶を辿ることから始まっていました。
シーのひとみは、まのあたりにしている現実の「森」を見つめながらも、わたしの記憶を辿り「森」の歴史を再現し始めていたのです。

そしてわたしの「森」でのさまざまな思い出のなかでも、忘れられないクライマックスとも言えるあの出来事に、シーの「森」の歴史の再現映像が到達したとき、シーはわたしの腕の中で、ぶるんと身体を震わせたました。

そうけっして忘れられないあの出来事…

わたしも胸の中のシーを強く抱きしめ、シーとともにこの「森」の存亡をかけたあの出来事を回想し始めていました。

そしてわたしは、やや怯えたようにわたしと腕を組みながら「森」を見つめるマグダラのマリアに向かって、その再現された記憶映像をゆっくりと語り始めました。

「森」の奥の赤錆びたトタン屋根の木造平屋建てに住んでいた、村人たちから「森の隠遁者」と蔑まれ疎まれていた男、毎晩自宅からピアノで「森」に向けてRavelの「亡き王女のパヴアーヌ」を奏でていた、そしておそらく彼女マグダラのマリアの父親と推測されるその男の記憶を軸に…

わたしとシーとマグダラのマリアの将来に少なからず影響を与えるだろうこの「森」でのクライマックスな出来事を…

ナミちゃん
シーにはすべてが見えているようだよ
この目の前の「森」の
おれの知るかぎりの記憶と思い出を
シーのくもりのないまなこが再生している
………
きいて欲しい
この「森」でのあの出来事を…