全国で大雪の投票日、行きたくても投票出来なかった有権者は多かった

 

選挙に行けなかった有権者を切り捨て

 

後出しで憲法改正や高額医療費問題をねじ込んだ

 

 

結果、自民党が圧勝

 

フィギュア団体の感動的な銀メダルを見ても、

 

心が晴れない

 

 

この国の愚かな人々は、先の戦争前夜のように

 

いとも簡単に戦争や非核三原則の破棄に進む未来など想像もしないのだ

 

ショート動画やTikTokの視覚的刺激でフィーリングで投票したのか?

 

そのあとにどんな未来が待っているのか、考えもせずに

 

平和ボケしたお花畑で推し活するみたいに作り笑いの人を選んだ

 

憲法改正で

 

基本的人権を奪われ、

 

戦争や徴兵も可能になり、

 

家父長制の復活で、女性の地位は戦前のようになるかもよ

 

結婚しない、子供を産まない・産めない、男子を産めない女は価値なし

 

介護も子育ても、家庭で協力してやってね

 

広島や長崎で多くの民間人が犠牲になった被爆国でありながら、

 

非核三原則を甘いという総理大臣

 

 

 

広島の平和公園の原爆死没者慰霊碑に刻まれた

 

「安らかに眠ってください

 

 過ちは繰り返しませぬから」

 

忘れてはならない

 

 

私の親の世代は戦争を知っていた

 

今は亡くなっていないが、伝え聞いたことはたくさんある

 

父の長兄は激戦の硫黄島で戦死した(らしい)

 

遺骨も遺品もなく、どこでどうやってなくなったかも分からない

 

父が晩年調べた結果、現在の米軍基地滑走路下の地下壕で亡くなったと思われる

 

顔も知らない、遺骨もない伯父

 

次兄は優秀で京都大学在学中に学徒出陣、その後シベリアに数年抑留された

 

生きて帰れて幸いだったが、体が半分ほどにやせ細って幽霊かと思ったと祖母が話していた

 

一番印象に残っているのは、友達が白血病で急死したこと

 

小学3年生の終わりころ具合が悪くなり、4年生の5月に亡くなった

 

優しくて色白の女の子だった

 

彼女の父親は広島で被爆した

 

因果関係ははっきりしないが、原爆というものを身近に恐怖と感じた出来事だった

 

母の弟は終戦の年に3歳で亡くなった

 

赤痢に罹ったが、当時薬はなく幼い命が消えた

 

母は、行きたくても生きられなかった弟のことをよく話してくれた

 

私の叔父になる人だった

 

 

家父長制は、今でも地方では色濃く残っている

 

義実家は九州の田舎だが、結婚して唖然とすることの連続だった

 

嫁という立場に、人権はない

 

〇〇家に嫁ぐ→「もらう」という言い方に結納の席で父がこっそり激怒したのを覚えている

 

私は娘が二人いるが、ここでも夫が長男なので余計なことをたくさん言われた

 

最も許せないのは、次女が生まれる前に一度流産してようやく生まれたのに、

 

義父の第一声は、

 

「また女か」だった

 

出産直後の電話だったので、人として最低だと思った

 

次女も私も否定されたように感じた

 

たいした家柄でもないのに、男子をという考えは男尊女卑だ

 

だから、家父長制の復活なんて絶対いやだ

 

過ちを犯した時代に戻るなんて嫌だ

 

あの作り笑いの総理に賛成した人が命を投げ出してください

 

高額な治療が必要な病気になっても自分で支払ってください

 

わたしは憲法改正にも高額医療費制度見直しにも反対です