YouTubeで韓国をディスって居られる方が結構いるがこれらを見て思った。

 小生が学生時代に習った(と言っても世界史は高校性の頃しか学んで居ないが)過去の韓国には両班という官僚階級があったらしい。
李氏朝鮮の前の高麗の時代、中国(当時は『宋』)の制度を模倣して、国王を頂点とする中央集権官僚制国家として官僚支配体制作った。
その時の文官、武官を両班と呼び李氏朝鮮もその制度を引き継いだ。
しかし模倣なので当時居た国内の地方豪族やモンゴルから流入した勢力も両班に取り入れざるを得ず、
やがて強大な権力を持った地方豪族やモンゴルから流入した勢力の「文化」まで上乗せすることになり、
官僚の腐敗(当時はそれらが当たり前、若しくはそうする権利)に繋がってゆく。
更に李氏朝鮮王朝が儒教を国策に取り入れたため両班にとって彼らに都合の良い儒教の教えのみが後世に残ることになる。
1392年建国1910年滅亡だから500年もあれば儒教の教えも解釈が180度変わったとしても致し方のない事かもしれない。

 で、儒教の教えでは「仁、義、礼、智、信」とあってこれらは「五倫」と呼ばれて「親子、夫婦、長幼、朋友、君臣」などの人間関係がうまく行く方法らしい、
宮本武蔵の『五輪書』とかオリンピックの『五輪』は字が違うのでご注意ください。

しかしこれを両班が曲解すると

本来「仁」は、人を愛し、思いやること
    →→皆は私を愛し、私を思いやるべき

  「義」は、利や欲にとらわれず、世の為人の為に行動すること
    →→皆は利や欲にとらわれず、私の為に行動すべき

  「礼」は、謙遜し、相手に敬意を払って接すること
    →→皆は謙遜し、私にに敬意を払って接するべき

  「智」は、知識や知恵を得て、道理をわきまえ善悪を判断する
    →→知識や知恵はそれを得るためなら取り上げても良く、道理を都合良く解釈しかつ私に都合良いように善悪を判断する

  「信」は、人を欺かず、また人からは信頼してもらえるように常に約束を守り、嘘をつかず、誠実である
    →→皆は私を欺かず信頼して常に約束を守り、嘘をつかず、誠実であるべき

となってしまう。
 まあ李王朝が中国由来の官僚制度を模倣したが、大半の国民が漢字を読めず慌ててハングル文字を導入した。
しかし概ね発音記号程度の能力のハングル文字なので先述の「五倫」と『五輪』のような同音異義語の意味がが全く伝わらない。
悪いことに現在の韓国でも漢字を捨てた影響が残っており、社会生活に必要な文章を国民の20%が理解して居ないらしい。

 結局何が言いたいのかというと1392年建国以来630余年、脈々と続いてきた儒教とハングル文字なのだからもう『文化』なんだよね。
皆は私を愛し、私を思いやるべき。
皆は利や欲にとらわれず、私の為に行動すべき。
皆は謙遜し、私にに敬意を払って接するべき。
知識や知恵はそれを得るためなら取り上げても良く、道理を都合良く解釈しかつ私に都合良いように善悪を判断する。
皆は私を欺かず信頼して常に約束を守り、嘘をつかず、誠実であるべき。
これらの解釈も現在の韓国で先祖の身分を尋ねると「私は両班の末裔」と答えるらしいからね。
これらは何度も言うけどもう『文化』なんだよね、日本人も蛸や生卵食べたりする「文化」あるでしょ、だからあまり
ディスら無いでやってほしいのよね。タイの方々がゲンゴロウを食べたってディスらないでしょ笑笑。