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ここ掘れわんわんモモが鳴く!

じーさんと飼い犬桃太郎の日記です。

 

旧の畑ではイノシシとアライグマでサツマイモほとんどやられてしまったけれど、

 

今度はサトイモまでびっくり

 

 

ひどいところは撮り損ねたけれど、この写真は水やりして埋め戻そうとしているところ。

 

親イノシシだったら全部掘り起こすところだけれど、これはたぶんうり坊うりぼうが

親芋までは取れなくて浅いところの子芋だけ食ったんじゃなかろうか。。

ほとんど全部の株がやられてるから1匹じゃないね。。。

 

柵を補強して固い土を掘り起こしたり、夢中でやってたらぎっくり腰寸前!

久しぶりに腰痛が出てしまった。 と、これは一昨日のこと。

 

今日の午後、行ってみたら、近くの溝にイノシシのちっちゃいのが死んでたドクロ

 

気持ちのいいもんじゃないから小さい写真でσ_σ;

 

通りかかった人たちが「あら~かわいそうに」目叫び

(生のサトイモ食いすぎたかな?)

 

畑の周囲を見回ってたら、すぐそばの藪のなかで重そうな足音が

ガサガサドスドスッ!びっくり汗

 

親イノシシが子供を探してるのかも!?

 

と思ったら背筋がぞ~ッとして慌てて避難したおーっ!あせる

 

 

茂みのうらあたりのすぐ近くで。。汗

 

猪突猛進っていうからね

飛び出して来たらどうしようかと思って焦ったあせる

 

近くの畑の人たちの話でも、今年は害獣の被害がハンパないねいのしし

 

 

 

 

 

オクラの花 

作業疲れを癒してくれる。。

 

 

 

 

 

 

 

 

娘はずいぶん痩せたそうな

 

自分で選んだとはいえ、老人ホームじゃ食事が合わないのかな

 

本人は脂肪が落ちただけで健康には異状ないと言ってるけれど。。

 

もうずいぶん顔見てないし気になる。。。しょぼん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8/4 朝、スイカが5~6個なにか動物に食われてた。

 

8/6朝、さらにたくさん食い荒らされてた。

 

えい!腹の立つプンプン

 

まだそれほど実が大きくなかったころ。

高いところからカラスが見てるので用心のため防鳥ネットを張った。

で、それほど心配してなかった。

 

なんと、このけものは!?

網の上から食ってる!

といっても網は破られてない。

どうやって食ったのか、器用なもんだわんわん

 

爪のあと汗

 

狸だろうかアライグマだろうか。。

20個以上あったスイカがあと4、5個しか残ってない。

N先生が、「わしんとこはとっくに全滅した。まあ、農業は自然との闘いだよ。

のんびり行こうや」ほっこり

 

わけのわからないことを言うはてなマーク

 

 

残った分は知恵と工夫で、何としても死守せねば!

 

ということで、スイカに近づけないよう高くして、3種類の網を3重に張った。

 

これだけ厳重だとむこうもあきらめるんじゃないかなウシシ

(出費。。。)

 

 

まくわ瓜はぜんぜんやられてない。

 

 

 

 

もう食べられるねルンルン

 

摘んでしばらく寝かせとくと甘くなるそうな照れ

 

 

 

 

 


庭の千草

名前は知らないけど ゆり

 

旧の家ではよく咲いたのに、引っ越してからはやっと1輪初めて咲いた♪

 

 

 

 

 

 

娘に届けられないからね。なんだかむなしい。。。

 

 

そろそろシツコイ梅雨も明けるかな?

 

明けてほしい。。。

 

 

昨日かおとついかの山より低い雲。

そんな最近の記憶もはっきりしない。。年は取りたくないね(∩∩*)ゞ  

 

向こうはジャングル。。ちょっと前までこっちもそうだった。

 

 

今朝、畑に行ってみたら。。。

 

あれ~アセアセ

 

スイカがパックリ割れてたえっ!?

 

もう幾日かしたら食べられたのに。。。残念しょんぼり

 

初めて作ったスイカだからあきらめきれない。

いやまだまだあるから欲張るつもりじゃないけれど。。。

 

これからカラスだのアライグマだのが攻めてくるのかなうーん

 

 

 

けれども、まあ。。。

 

まくわ瓜やインゲンはそれらしくニコニコ

 

 

夕方、Nお師匠様がきて、「おう、ようできとるや」

 

高いところから全体を眺めて、「まあ、畑らしくなったじゃ」

 

と満足そうに(o^_^o)ヾ 

 

いろいろお世話になったからね(*^.^*) 

 

 

旧の畑から脇芽を摘んで挿し木したきゅうり

 

そのほか、トマトやナスも挿し木。

 

 

ゴマや落花生も育ってきた

 

広い畑、あちこちとびとびに植えてるからN先生、

「もっと計画性をもって作らんといかん。秋野菜のことも考えてな。

これじゃトラクター入れにくい」

 

まだまだかまってくれるつもりらしい(~ヘ~;) 

 

ありがたいけれど、なんだか気が引ける。

 

自分とこの田んぼは息子さんに任せて、こっちを老後の楽しみにするつもりかもあせる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今朝はまだ雲が低かったけれど

 

 

いつも通り畑へ。

 

雨の日が多くてなかなか受粉できないんじゃないかと思ったけれど。。

実際、はじめのころのはほとんど結実しなかった。

 

ようよう、ここにきて(*´ェ`*) 

 

小玉スイカがo(^0^o) 

 

 

 

 

 

うりこひめたちも(o^0^)o   

 

 

 

 

ん!?

 

ミツバチマーヤが働いてくれてるよ~ニコニコ 音譜  ハチ 

 

 

 

 

畑に行くとき、犬を連れた散歩のお年寄りが話しかけてきた。

知り合いが畑を借りたいそうな。

広いといえば広いけれど、また貸しはどうもね。。。

 

最近、同じようなことをよく言われる。

長いことほったらかしの原野が畑になったら(いやそれらしく^^; )

急に畑借りたいって人が増えた気がする。

いままで家庭菜園したくても休耕田とか空き地、借りるって知恵なかったのかね。

じーさんもはじめは町内会で募ってグループでって考えたこともあったけれど。。

今は息子のこともあるしね。

 

 

まあ、近所には休耕田もたくさんあるし、維持に困ってる人もいるはずだから。。

 

 

 

ゴマの花が咲いた

 

 

落花生も

 

落花生やゴマの花は昨年も載せたっけかうーん

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は息子と二人畑へ。
息子は草取り、じーさん草刈り。
合間にスイカやウリ、黒豆や落花生など、草引きの
要領等うんちくしながら一日が過ぎた。

梅雨空のこととて、むしむしと暑く一日終わって帰った時には

もうもう、二人ともぐったり (+ヘ+;) 
夜、ビールを飲みながら昔話をした。
父のこと。

父が終戦で帰ってきたとき、大阪で住んでいた家も焼けて無く、
会社もなくなっていたそうな。
仕方なく生まれ故郷へ帰ったもののすでに両親はなく、長男が
あとを継ぐ昔のこととて、とりあえずは自分が生まれた家ながら、
今は長男の物となっているそのひと間を借りて、まだ幼い兄姉との
4人家族。
父は本家から田畑を借りたかもしれない。何しろ本家は大地主だったから。

私が覚えている一番古い父の記憶は、全身赤銅色に日焼けして

ふんどし一丁で鍬をふるっている。
それは本家から借りた雑木の森を鍬1本で開墾している姿。

帰ってきて間もないころ、本家の子供たちが美味しそうにご飯を食べているのを
幼い兄姉たちが羨ましそうに眺めるのを目にして、(貧乏は辛い、何とかして抜け出したい)
そう思ったそうな。
この話は父から何度も聞かされた。


戦時中、よっぽどひどいものを食べていたらしい父は、戦争から帰って間もなく胃のほとんどを摘出した。
そんな身体で父は重労働をした。
私が幼かったころ、父はたばこ農家となった。

兄が二十歳くらいの頃、心臓に大きな穴が開いていることが分かった。
医大で、「このままだとあと2~3年は生きられる。手術の確率は五分五分」
と言われた。
父は五分の確率にかけて田畑を売り払った。私が中学一年のときだった。

今までにも何度か話している祖父の話を、息子は黙って聞いた。

 

 



波乱の多かった父の人生。。。誰の人生にもドラマはある。

 

 

 

 

昨日、旧の畑で

子供のころの懐かしい花

竹藪の陰でそっと咲いていた