サッカルチョボール〜サッカーとカルチョとフットボール -17ページ目

サッカルチョボール〜サッカーとカルチョとフットボール

サッカー&カルチョ&フットボール(同じだけど)がとにかく好きな私が、それに関する好きなこと書きます。でもスポーツ全般好きなので、たまに(かなり)脱線します。それもいいと思ふ。


こんにちは。


ダイエット話がいつの間にか、


筋肉が出来上がるメカニズムの話になり笑、


長引いていたので、


ちょっとブレーク。




ソチ、盛り上がってますね!メラメラ



序盤、期待された選手達が、


なかなか前評判通りにはいかず、


モヤモヤしていた方も多かったと思いますが、


複合の渡部選手を皮切りに、


スノボの若武者二人、


SP世界最高点の羽生選手、


レジェンド葛西選手と、


連日のメダルラッシュに賑わっています。



どれも素晴らしい最高のパフォーマンスだったわけですが、


私はある2つの出来事で、


その競技の選手層とその国における成熟度・浸透度を考えさせられることがありました。




雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶雪の結晶



①最年少と最年長


スノーボードHPの平野選手は、


今回15歳で日本史上最年少で冬のオリンピックのメダルを取得しました。


(夏は競泳の岩崎恭子選手・14歳。だったと思います)



そして、レジェンド葛西選手は、


今回7度目(!)のオリンピック出場、


41歳の最年長で銀メダルに輝きました。


(夏はちなみにライフル射撃の蒲池 猛夫(かまち たけお)選手。48歳。知ってます?)



同じオリンピックでこの2つの記録が生まれたのは、


世界的にも珍しいことだと思います。



もちろん、競技が生まれた背景や、


オリンピック競技に加えられてからの(までの)歴史も全く違う2競技なので、


一概に比較することはできませんが、


日本にスノースポーツがいかに根付いているかを感じざるを得ませんでした。



子供から年寄りまで、なんて言い方をしたら、


両選手に失礼ですが笑、


たくさんのスポーツを若い頃から経験でき、長く続けられる、


そして、それを育てる土壌がある。


一朝一夕ではない、一つの結果だと思います。


日本の教育と、四季のおかげもあるかもしれませんね。



まあ、葛西選手は所属していた実業団が廃部になってしまったり、


平野選手にしてもご両親の温かい援助があってのことと聞いているので、


もちろん最高に恵まれていたわけではないかもしれませんが、


26歳も離れた二人が同じ舞台で活躍する姿を見て、


本当の意味での国のもつ力を見た気がしましたグー




②大先輩とライバルの涙


ニュースにもなっていたので、


多くの方がご存知だと思いますが、


アルペン複合の渡部暁選手が銀メダルをとった時、


荻原次晴さんが、テレビで号泣する姿がテレビで放送されました。



私もちょうど生でテレビを見ていたのですが、


日本の複合の歴史の栄光とドン底を知る者の、


本当に熱い涙でした。しょぼん




もう一つ、感動する涙がありました。




どのテレビ局だったか忘れましたが、


フィギュアスケートの男子3選手が、


ソチにある特設スタジオに招かれて、


日本と中継で繋がれ、いろいろとお話を伺う番組があったのですが、


日本側のゲストに、


まさにこの3選手と代表争いを繰り広げていた、


引退したばかりの織田信成元選手が来ていました。



司会者の方に振られ、


3人と織田さんが順番に話しをしていると、


高橋大輔選手の番になったところで、


織田さんが泣き崩れてしまいました。



ともに長く戦ってきたライバルで当然お互いの苦労をよく知っているはずです。


いろいろとこみ上げる思いがあったのでしょう。


怪我で苦労し、それでも6位入賞を果たした高橋選手への、


それは最大限の労(ねぎら)いだったと思います。



織田さんのキャラ爆発といった感じで、


先に泣かれてしまった高橋選手は爆笑していましたが笑、


本当に嬉しそうにしていたことが印象に残っています。




荻原次晴さんと、織田信成さんの流した涙―――




異質なものですが、共通しているのは、


お二人とも、自分の為に流した涙ではないということです。



もちろん、それぞれの競技に深く関わり、


後輩やライバルのこともよく知っていたから、


自分のことのように感じた部分もあったとは思いますが、


オリンピックに参加する選手が、


たくさんの方々に支えられ、その場所に立っていると感じるには十分な2つのエピソードでした。




汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗汗




一人の天才が、


歴史の前後関係なく、


いきなりその国に初のメダルをもたらしたりすることは、


まれにあります。



ただ、そんな突発的に起こったように見える出来事も、


よくよく見てみると、その選手を育てた環境、土壌が裏に見えてきたりするものです。



今回私が感じたこと見たことだけが、


その国のその競技の選手層の厚さや浸透度・成熟度を表しているわけでは、


もちろんありません。



それでも、



15歳から41歳までの選手が同じオリンピックの舞台に立ち、


方や初出場で銀メダル、方や7回めの出場で初の個人種目メダル。


これを見ると、


今この瞬間もどこかで若き才能が芽生えようとしているのではないか、


とか、


不屈の闘志で自分の身体をいじめ抜いているオッサンが大舞台への夢を追い続けている姿がどこかにあるのではないか、


とか、


単純にも思ってしまうのであります。



そして、



かつてしのぎを削ったライバルを労い、


自分のことのように涙し、


喜びをわかちあう姿を見ると―――


また、


栄光を知った元選手が後進の指導にあたり、


全く結果が出なかった長い年月を乗り越え、


後継者が結果を出したことに、


生放送中でありながら人目をはばからず嗚咽を漏らす姿を見ると―――



どれだけ多くの人達が今回のメダリストたちを支え、育て、応援しているのか。


その献身の末に生まれた尊い結果の素晴らしさを感じ、


関わった人たちすべてへの尊敬と感謝の念を感じざるを得ません。




と、まあ、そんな角度でオリンピックを見ていると、


また違った意味で、勇気や希望を分けてもらえた私でありました。



スポーツって本当に素晴らしいですね。




まだまだオリンピックは続きますが、


この後に続く選手たちにも是非頑張っていただきたいものです。



いやー、長くなりました笑



今日はここまで!


ご精読ありがとうございます。