なぜ爆豪勝己は人気なのか?


よく議論される話題の一つ。序盤であれだけエグいいじめをしていて、暴力的なキャラクターなのに、それを差し置いて人気になっていいのか?いじめが許されていいのか?というのが論点だと思うけど、なぜ人気なのかを考えてみた。





【1. 爆豪勝己の良い面・悪い面】


まず、自分は爆豪勝己というキャラクターが好きだ。最初は緑谷出久の方が好きだったけど、今となっては逆転している。




どういうところが好きなのか?大まかに分けると3つになった。




①...強くて賢いところ。爆破という戦闘向き・シンプルかつ応用力の高い個性に加えて、そもそもの身体能力が高い。それからエリート学校でクラス2位の頭脳。センスの良さは誰だって憧れる。


②...強さへのストイックさ。OFAを継承したデクへの対抗心、体育祭での完全勝利への執着、失敗や負けた時に絶対に泣く。


③...敗北や挫折、後悔の経験の多さ。たぶん本編で最も描かれているのが爆豪勝己。高いプライドをへし折って、格下のデクに負け・自分の非を認められるけど、諦めない心の強さ。少年漫画に相応しいキャラクターで、人間味の強いキャラ。




ここだけ見ると、人気にならない理由がない。しかし、爆豪勝己が嫌いになる理由は以下が考えられる。




①...度を越したいじめ加害の過去。基本的に緑谷出久に対してのみだが、器物破損や傷害などはもちろん、自殺教唆まで具体的に描かれた。生々しいので、現実世界の読者にとっても想像に易く、嫌悪感を抱きやすい。また、幼馴染であることから、この期間が5〜10年も続いていたと考えられる。


②...暴力的な性格。基本的に言葉の節々にトゲがあり、デク以外には手を出さないものの、暴言を吐きまくる。強い人以外への興味がないので、現実で自分が爆豪勝己と対面したらいい印象にはならないと思う。



②については道徳的に良いとは言えないものの、読者の自由である。逆にそういう面が好きな人もいるだろう。

①が深刻な問題であり、論点である。爆豪勝己の魅力に隠れ、いじめという行為が許されることは良くないし、そういう雰囲気になるのも気分が悪い。



【2. なぜ良い面が勝るのか?】


では、私含め爆豪勝己が好きだという人は、なぜいじめの過去を許せるのか?いくつかパターンがあるが、想定される嫌い派の反論と、一理あると思う点を付け加える。



①...爆豪が沢山の悔しい経験をし、十分に罰を受けたと見なせるから。また、デクにしっかり謝罪をしたから。


→謝罪をしたから許される問題ではない。また、加害者本人の個人的な苦い経験は、「いじめ」という犯罪への社会的な償いにはならない。

→しかし、心から反省してるので、更生する可能性が大いにある(実際爆豪もかなり成長している)。



②...本編時点(雄英生時代)で、被害者の緑谷出久がいじめの過去をあまり問題視していないので、読者も問題視する必要はないから。

→被害者本人がどう思っていようと、読者が許すかどうかは自由である。許せない人は許せない。

→本人が問題視していなくて、いじめの過去が本編の緑谷出久にあまり影響していないから、いじめを重要視する必要はない。許せる人は許せる。



③...漫画の中の話であり、物語の本筋に関係ないから。

→関係ないから見過ごすというのは、いじめ問題に無関心で気味が悪い。

→いじめのシーンは最序盤だけなので、そこを本編通して引きずられ続けるのもどうかとは思う。



いじめを許している層がいないわけではないと思うが、いじめを許しているというより、区別していたり、度外視しているケースが殆どではないかと私は考えている。




【3. ふつうの「いじめ」とは異なる、緑谷出久の異常性】


現実世界に置き換えても生々しく、残酷だと思われやすい爆豪勝己による緑谷出久に対してのいじめだが、実際は異常な点がある。


加害者への敬意や憧れ、友情がある

...前述の通り、幼い頃からいじめを受けていたにもかかわらず、爆豪に進んで付き従う緑谷出久は、どう考えても異常である。オールマイトに並ぶ爆豪勝己への憧れ、幼なじみとしての理解者という立場、同じヒーローが好きという友情が、緑谷がいじめに耐えられた大きな理由であると共に、OFAという強大な力を手に入れた以降「いじめの過去」を引きずらない要因になっている。


雄英入学以降、いじめの過去をあまり引きずっていない

...そもそも本編に重要ではないテーマではあるが、それ以上に「いじめの過去」を掘り起こす描写が極端に少ない。もはや爆豪勝己という存在に大きな執着はなく、「最高のヒーローになる」ことしか考えていないヒーローバカである。まあ、爆豪の暴力性に怯える描写は多いが......あくまで友好的である。



つまり、被害者である緑谷出久が異常であるため、いじめの行為自体はリアルであるが、被害者側の現実性に乏しいのである。

良くも悪くも本編でいじめが重要なテーマになっていないし、読者側にいじめを深刻な問題として捉えない層が増える要因にもなっている。




【4. 嫌い派が好き派を理解するには】


嫌い派の人達はやはり、「いじめ」という行為から目を背けることができないのだと思う。いじめから目を背けると、いじめを許してしまうような気分になり、それが許せないからだろう。


いじめを許さないのは間違っていないし、上述のように感じるのは、「ヒロアカ」という作品が好きな読者にとって正しい感想ともいえる。なにせ、「犯した罪は消えない」ということ自体、作品の中で往々にして語られているからだ。




しかし、キャラの好き嫌いを判断する上で、キャラの行為を「許すかどうか」はあまり関係がないと、私は思う。恋愛感情に理屈が不要であるのと同義である。好きか嫌いかは印象であり、許すかどうかは判断である。判断が理由になることも、ならないこともある。


なので、好き派を理解するには、「いじめ」という行為があったことを忘れて考えてほしい。そうすると、爆豪勝己は「口が悪いけど、強さにストイックでヒーローに憧れる少年」になる。好きな人が多いのも理解はできるはずだ。




【まとめ】

 

いじめが簡単に許されることはあってはならないが、爆豪勝己というキャラクターは人間味に溢れ、カリスマ性もあり、応援したくなる脆さも持ち合わせた魅力満載のキャラクターである。ここまで賛否分かれるキャラを描ききった堀越先生は本当にすごい。


キャラが好きな理由なんてものは、曖昧なままでいいと思う。「許すか、許さないか」のような理屈に縛られず、思いのままを発信して欲しい。もちろん「許せないから嫌い」という気持ちもアリだと思う。


そして、「人気な理由が分からない」という人は、その「いじめが許容されてはならない」という危機感を持ち続けて欲しい。それこそが正義の心であり、ヒロアカファンに相応しいともいえる。ただ、そこを区別して「好き」という層がいることも理解できると最高だ。(もちろん、好き派も嫌い派の意見を理解しよう)



最後にはなりますが、いじめはダメ。絶対