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上海鑑賞日記(主にクラシック)

上海生活の合間に聴いた音楽や見たスポーツなどの記録を残します。

日時:2024年6月23日(日)19:30~(現地時間)

会場:上海大劇院からの配信

指揮:張芸

演奏:上海フィルハーモニー管弦楽団(上海愛楽楽団)

独奏:アレクセイ・ヴォロディン

曲目

プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番

ショスタコーヴィチ:交響曲第7番ホ短調 作品62

 

感想:

 再び上海の演奏会の配信鑑賞である。

 今回は上海フィル(上海愛楽楽団)で、メンバーの一人の知り合いの日本人奏者が帰国前の最後の参加ということで聴くことにした、

 この配信は練習風景から配信されていたらしいが、それはちょっと時間が合わず見逃した。

 会場は上海大劇院で指揮者はこのオケの首席指揮者の張芸さん。

前半はプロコフィエフのピアノコンチェルトの4番 。

ソリストはロシアのピアニストのアレクセイ・ヴォロディンさんで日本にも時々来日されているようだ。

ちなみに私の知り合いはこの曲では出番がない。

 テンポは速めでスピード感もあり、迫力はあるが各フレーズごとの音楽的膨らまし方がちょっと物足りない。

対してソリストはタッチがしっかりしており、テクニック情感ともに申し分ないが、どうもオケとの噛み合わせを見ると少し役不足なステージになった気がする。

ピアニストが歌う世界にオケが合わせきれないのである。

続く第2楽章も同様で、コンマスのソロとの掛け合いが救いではあったが、配信鑑賞では限界があるのか聴こえてくるバランスもあまり良くなく、調和が取れているようには聴こえない。

そのまま第3楽章に入っても同様で、音楽的にシンクロしてないというか、もちろんスコアの縦の線は合わせているのだろうが、音楽的の情感流れがそれぞれバラバラで流れ、タイミングだけ合わせているように聴こえてしまった。

指揮者は情感表現に折り合いをつけずただ楽譜通り演奏している、そんな印象で、ソリストも我慢してペースを崩さないように演奏している感じだった

第4楽章に入り、ソリストは疾走するがOKの方がそのリズム感についていけないというか、指揮者がそういったリズムを体現出来ない感じのままフィナーレとなってしまう。

結果としてプロコフィエフ好きとしては不満の残るコンチェルトだった。

アンコールでのソリストの演奏は2曲とも悪く無かっただけに勿体無い協奏曲である。

 

後半はショスタコービッチのレニングラード。

ショスタコ自体がそれほど数を聴いていないので、過去のライブを聴いた記憶が思い出せなかったが、1990年代に聴いている可能性があるな記憶を探っていたが、演奏が始まった途端に聴いたことがあるという確信を持った。

で、今回の演奏だが、重々しく始まる弦の重みは流石だが、木管のアンサンブルがいきなりイマイチな印象。

その後のいわゆるラヴェルのボレロ的な独特なユニークのリズムを刻んでいくところ、の部分に関してはしっかりとした足取りで曲を盛り上げていった気がする。

こういうリズム優先の音楽は、中国人作曲家の音楽にも良くあり、中国のオケの得意とするところで打楽器奏者が7人並んで演奏する姿は圧巻である。

メロディ表現では、例えばフルートがあの時代のイメージをニュアンス表現としてできたかはちょっと微妙で、中盤ちょっとごちゃついた感はあるがまあよく演奏できたと思う。

 

第2楽章の民族学的な弦のアンサンブルはなかなかね良く、そこへ飛び出てきた オーボエの音色もなかなか素敵だった

ただ全体的に歌いという面では弱く、楽譜上のメロディの羅列になってしまっていた感は否めない。

続く第3楽章のアダージョは、テンポを緩んだ分だけスコアに頼っても綺麗な音楽になっていた。

特に弦の歌い上げは配信を通しても素晴らしく伝わり、心地よく響いていた気がする。

 

曲はそのまま続けて第4楽章に入る。 

演奏側の質は落ちなかったが、指揮者の音楽のまとめ上げとしてはちょっとポイントがぼやけてしまい、表情が弱く強いだけの音楽になってしまったような気がする。

そしてそのままフィナーレを迎えてしまい、本来はもっとメッセージ性が強い音楽のはずなのにメッセージ性が見えなくなってしまった音になった気がする。

 

まあこれは指揮車の責任であり、演奏としての質は良かったかなとは思う。

今回知り合いのラストステージを見届けられて(あまり映らなかったが)良かった鑑賞とはなった。