足と飽 | 萌え燃え日常戦記

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今年の漢字 ブログネタ:今年の漢字 参加中

さて、今年の漢字ですよ。


このブログでも、だいぶ恒例になりつつありますねいえー

ブログネタっていうだけじゃなくて、この一年を振り返って「一つの漢字」に抽象化する、という行為は結構「年の瀬」っぽくて、楽しいチャレンジでもあります。


昨年は「積」だったと書いてますね。今年は「挑」にしたい、とも。

あ===(笑) うん、頑張ったんだよ、頑張ったんだけど、それなりにしかならなかったなぁ、というのが本音だったり。あーあしずく!


ということで、胸張って「挑」でした、とは言えませんでしたね。ちゃんちゃん。


ま、それじゃぁなんだったのさ、ということになるのですが。


今日のお昼は軽めに焼きそばUFOでした(UFOが軽いかどうかはここでは論点ではない)

久しぶりだから、美味しかったです。なんでUFOかと言うと、この前特売で安くなっていて、そう言えば久しく食べてないな~ 買っておくか、と思いかごに入れた結果、我が家にあったわけです。

昨日はイブですので(その写真はまた後で)それなりに豪勢に食べ、今日はあるもので済まそう、と思ったときにUFOが目に入ったので、それにした、というそれだけです。


UFOの焼きそばを昼食って、なんつーか、大学時代と変わらんな、と。ふとそんなことを思いました。

でも、何かが違う。なんだろう。って思ったときに「UFOしか食べられなくて、UFOを食べられるのと、食べようと思えば他のものも食べられる、けどUFOを食べる」というのの違いかな、と。


「足るを知れ」という言葉があります。人の欲望は限りなくて、どんどん貪欲になるからキリがない。足るを知ることで、今あるものに満足し、感謝し、幸福になれる、というような話だと私は認識しています(違ったらすみません。が、とりあえずそういうことで)

でも、それって本当にホントかな? 欲深いって本当に悪いことかな?


って思ったときに「欲」の向かう場所が問題じゃないか、と気づきました。悪いと言われていることってね、多分「外へ向かう欲」で、でも本当は外へ向かう欲じゃなくて内へ向かう欲「自分」に向かう欲ってのは、なきゃダメなんじゃないかな。


成長って、自分に対しての自分の期待とか欲がないと、果たせないでしょ。でも、あることに満足しよう、今の環境に感謝しようって、一歩間違うと今の自分にも満足してしまう。だって自分って自分にしかわからないから、多分人は「外(環境とかモノとか)」を見ることでしか自分を見ることが出来ない。


足ると似た言葉に「飽」があります。これも「あきる」と読むと違うけど、もともとは多分「十分」を意味する言葉だと思います。食べ物に包まれるんだからね。

でも今年の私は「飽」だったかも。飽きたんじゃない、でも一歩間違えば飽きてたのかもしれない。あることに感謝して、今の自分を肯定して。


それって悪いことばかりじゃないけど、ちょっとだけ反省。「もっと」「もっと」を見失って、「挑」なんてありえないってことに気づかず足搔いてた一年だったような気がします。


ということで、今年の一年は「飽」でした。来年は、その反省で、暫定「飢」で行きます。ん~~ ハングリー精神と言うか(ハングリー精神と言う言葉はあまり好きじゃないけど、他にいい言葉が思いつかない)、簡単には満足してやらないぞと言うか。


その心は「本当にそれでいいのか、お前」

常にそれを自分に問いかけながら、この一年を過ごしてみようかと。そうすれば、一年が過ぎた時にはもう少しましな自分になれているかなと思います。