勉強しない大学生という都市伝説 | 萌え燃え日常戦記

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今日は水曜日で、英語の授業があったので(笑;NHK教育の11:10からのアレである)、ふと思ったことを書いてみる。


どうにも、世の中には何の根拠もなく

「大学生と言うのはフラフラ遊んでばかりいる」

というイメージを持っている人が、稀に見られるような気がする。

最近はそこまででもないのかもしれないけれど、要は

「親の金で遊ばせて貰ってるゴクつぶし」

というイメージってことだ。


でも、実際に言われるように遊んでばかりの大学生なんて、本当にいるのかな、と。


自分の学生時代を振り返ってみても、あるいは以前に酒屋にいた時~某店サービスコーナー時代にはかなりの大学生のアルバイトと一緒に仕事をしていたけれど、本当にみんな、よく体が保ってるなと思うほど、よく勉強し、よく働いていた。

振り返ってみれば自分だってそうだったなぁとは思うのだけど。


朝の8時半から夕方の4時半まで講義。5時もしくは5時半から10時くらいまでバイト。それから帰って(夕食はバイト先で食べていた)10時から12、1時くらいまでは勉強(主に翌日の講義のための準備や、レポートなど)。

これが普通のスケジュールで、考えてみれば大学生は勉強するのが仕事とは言え、週に三日くらいはこんな感じだった。

講義が毎日みっちりあるということはなかったけど、それ以外の日に、サークルをやったり、友達と遊びに行ったりしていたわけで、普通に今やれと言われたら出来ないような気がする。

だって、働いた後に学校行って、そこから帰ってから、持って帰った仕事を片付けるようなものでしょ。


社会人になってから一緒に働いていたアルバイトさんたちも、夜の9時、10時に一緒に仕事を終えて、こっちはさぁ帰って食事で酒でも飲むかという時間に「研究室に戻って、レポートやります」とか、普通に聞いていた。


考えてみるに、「大学生は遊んでる」と思いたい人たちがいるのかな、と。

それは「大学生には遊んでいて欲しい」と思う人たちじゃないのかなと。

もっと言うと、大学生に勉強されたら「自分の立場があやうくなる」人たちなのかなと。


もちろん遊んでいる大学生もいるんだろう。あるいは当の本人たちが「勉強めっちゃ頑張ってますよ」というのは照れくさいとか気恥ずかしいと言う理由で「遊んでますよ」と言ってるという面もあるのかもしれない。

実際私だって、今思えば「よく勉強してたな」と思うけれど、当時はそれが当たり前だったから「勉強してます」とは言ってなかったような気がする。


もちろん、勉強することと仕事をしてお金を貰うことを単純に比較なんて出来ないんだけど、すくなくとも「この4年間は自分への投資をしてる」という意識はあったような気がする。

だから、学歴は意味があるのだとも思っていたし。


私が社会人になった時には、「3年でバイヤーになれ」といわれて育てられた。

3年というのは、一区切りという意味でもあるし、当時の最年少バイヤーが25歳で着任してて、その年齢が「大卒だったら3年だよな」と捉えられていたという意味もあった。

その最年少バイヤーの女性は、高卒の人だった。


「時々高卒の子なんかで、『大卒の新人より社会経験があります』という発言を見るのだけれど、それは考えてみれば当たり前のことで。

大卒の子が「大卒です」というのと同じなんだよな」とその25歳のバイヤーさんから教えられた。


その人は、自分が高卒で、同い年の大卒が入ってくるまで(すなわち4年間)に、どれだけ差をつけられるかが勝負だと思ったと言っていた。

もちろん、その人の同期入社に大卒の人はいた。当然、その人よりも、同期入社の大卒の人の方が、給料もいいし、ポストも早い。

だから

「大卒の同期の子が、30枚服をたたむ間に(婦人服か何かの担当だったと思う)、自分は50枚たたもうと。その人たちが3人接客するあいだに、自分は5人接客をしようと」

と言い聞かせてたと言ってた。

だから、25で、同期の大卒の人たちを抜いて、最年少でバイヤーになれたのだと。


今、その人がどうしているかは知らないけれど。

逆に言えば、大学に行くという投資をしない代わりに、自分への努力をしなきゃ、同じラインに立てないんだなぁということを思ったことを覚えている。

ましてや。


イマドキの大学生は、私たちの頃よりももっと苦学生だ。私たちの頃は、私はどっちかと言えば苦学生寄りだったけど、この前何かの資料を見ていたら、当時の私の仕送り額が、イマドキの「平均の」仕送り額だった。

ハングリーにもなるよね。

うん、負けてなんか、いられませんぞ(笑)

自分を甘やかさないように。