ってか、自分ではあんまり鬱とも思ってないんですが、一応注意書きをしとこうと思った宮坂柊です、こんばんは。
今日の昼の記事(病院 )に書いた話です。
心ってのは、他人からは見えない。だから……自分でも「これはちょっとおかしいかな」と思っても、他人と比較するすべがない。
今の自分が「自分として」おかしいことは、しっかり理解しているんですが、それが果たして割と普通に他人にもあることなのか、あるいはちょっともう、限界を超えているのか、それが分からないんですよね。
たとえば……風邪なら。
咳が出る、ちょっとボーっとする、熱を測ったら38度あった、と。仮にね。
そしたら、やっぱり大半の人は病院に行くと思うし、行きなさいと言うと思う。
でも心って……わからなくないですか?
だから、自分でもタイミングというか、その辺りを掴みかねていた。
病気じゃないんなら、私が経験ないだけで、割とあることなんだったら、多分放っておけば、きっと時間が治してくれる。
でも、そうじゃなかったら?
今日のDKさんとの会話、というより彼のアドバイスは正直、ありがたかった。
きっかけは、私が「今もまだ、体重が落ちてるんだよ。どうなんだろう、やっぱりどこかおかしいのかな」と彼に何気なく言ったことだった。
そうしたら。
「宮坂さんの今の話とかね、ある人としてて……病院に行った方がいいよって……」
「やっぱりそうかなぁ? ……何科かなぁ? 前の胃炎の時とかとは違う気がするんだ、総合?」
「……そっちじゃなくて……心の方」
思わず、私は黙ってしまって。
彼はその沈黙を違う風に取ったみたいでした。
「あ、今は割りと敷居も低くなってるし、抵抗があるかも知れないけど、本当に、見てもらうだけでも違うし、もし『なんでもないですよ、大丈夫ですよ』って言ってもらえたら、それだけでも違うと思うんだ」
と慌てていました。
そうじゃない。むしろ……私もそれは考えていたことだったから。
「心はね、何もかもの元になるから。悪循環にはまる前に、早めに、とにかく早めに行った方がいいと思う」
「知ってる人で、そこから抜け出せなくて、どうしようもなくなった人を知ってる。怖いかも知れないけど、自分は一回行って、大丈夫って言われて、それで一気にラクになった。もし行ってみて、大丈夫って言われたらそれでいいじゃん?もし行かなくて、手遅れになったら、もっと大変だよ」
「本当は、もっと早くに言ってあげなきゃって思ってた。でもなかなかきっかけというか、機会がなくて、言えなくて……」
彼の言葉の一つ一つが、本当に私を心配してくれているのが分かって、私は少し泣いてしまいました。
通りすがりに何人か気付いた人もいるかもだけど、そんなこと、もうどうでも良かった。
そして……
あぁ、やっぱり私は外から見ても、病院に行った方がいいよ、と思ってもらえるくらいには、心が壊れてるんだ、と。
冒頭でも書いたけど、自分的には壊れてるのは分かってた。でも、こんなの普通なのかも知れないって、そう思ったらやっぱり病院に行くことに抵抗があった。
それに「壊れてないでほしい」って気持ちも間違いなく希望的観測だったかも知れないけど、あったし。
(って、ここまで書いても、実際に行ったら大丈夫といわれるかも知れないけれど)
でも、DKさんの言葉に、一回ちゃんと見てもらおうと思ったよ。
あの、エコデーの日に、私の心の中のどこかが砕けた気はしてた。
2月の下旬、連休の話をしたころから、心の中に隙あらば入ってこようとしていた黒いものが、あの日、一気に入ってきた。
嫌だ、信じたい、私はそんなものに負けない、とずっと戦ってたけど、結局あの日から5月5日までは終わりの見えないカウントダウンだった。
昨日、十二国記の「あの話」を読んだのは、偶然だけど、偶然じゃない。
あの源氏の本が、在庫があったのも、多分偶然だけど偶然じゃない。
何かが、私に教えてくれようとしてたんじゃないかって。そう思った。
なんでもないかも知れない。もしそうだったら、胸をなでおろして、またいつもの日常に戻ればいいこと。
もし壊れてると言われたら(壊れる、という言い方が正しいのかどうかは分からない。でも自分的には壊れたとか砕けたという言葉がしっくりするので、この表現にします)きっとそれを治す方法を教えてもらったり、考えてもらったりするだろう。
今みたいに、出口の見えない所で現実逃避をしているだけよりは、少しはましになるような気がするから。
そしてもう一つ。
私が「心の病気ではない」と思ってたことの理由が一つ。
私、すごく眠れてる。そういう症状の一つの指針とされているものに「不眠」がある。
でも私は眠れてる……だから、心の病気じゃないんじゃないかと思ってたけど、見方を変えたら、気付いた。
不眠っていうのは「不安」から来る。不安っていうのは「どうなるか分からない」すなわち未来の選択肢がまだある状態だから、「どうなるかわからない」
私は違う。あるのは「絶望」だ。だから……選択肢がない。選択肢のない未来を考えたら、おかしくなる。だから……考えないようにするしかない。
だから……多分眠れるのだと思う。夢もほとんど見なくなったのも、そういうことだと思う。
よくある不安というか、ストレスは、たとえば私のようなケースの場合
「このまま、一生一人なんじゃ『ないんだろうか』」というものだ。
でも、私は
「このまま、一生一人で生きていくしかない」という絶望。
周りの人は笑うだろう。まだ諦めるほどの年齢でもないじゃない、と思うだろう。
でも、残念ながら、今の私には未来の自分を想像できない。未来の自分の可能性をまったく信じられない。
だから、壊れているのかも知れないと思う。
悲観的というのは、イイコトとワルイコトがあって、悪い方を考えることだ。今の私は悲観的でさえない。
だから……「もっと明るく考えようよ」とか「未来を信じようよ」という言葉が、どうしようもなく辛い。
出来るものならばしたい。でも、出来ないから……逃げるしかない。
逃げて、先延ばしにするしか、対応を思いつかない。
こんな自分を少しでも変えられる可能性が残っているのなら。
早めに、病院に行ってみようと思います。