講読 | 萌え燃え日常戦記

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ブログネタ:この授業はいらない(いらなかった)と思う 参加中

授業じゃなくて、講義ってか、大学時代なんで、そういう名前になっちゃうんだけどあせる

社会学講読は、本気でいらないと思うねひらめき電球

って、その前に。

いまだによく分からないのが、ブログネタページでも挙げられてる微分積分だね。
でも……積分はやっぱりよく分からないんだけど、微分は……
数学としては分からない。でも、考え方としては、役に立ってると思うんだ苦笑

当時担任が数学の先生で、この微分に関しては、「考え方」って所から、すごく細かく教えてくれた。
今みたいにデジタル化が進んでない時代だったんだけど、デジタル化っていうのが、微分なんだよって。

うーん、上手く伝えられないだろうけど。

物事は小さく小さくしていくと、分かるような感じになるってことかな。
たとえば時間時計
時間って言うのは切れ目なくただ流れていくっていうのが、アナログの考え方。
でも一時間は60分で1分は60秒で、一秒だってさらに0.01秒が十個で……というのがデジタル。
というのが微分なんだよって。
あるいはドット絵いちご
ぱっと見は、ただのピンクに見える。でも、小さく、小さくしていくと、あるところは赤で、あるところは白で、あるところは濃いピンクで、あるところは薄いピンクで、それの集まりがピンクっていう話で。

手元に写真あるかな。
フィルムカメラの写真はアナログだけど、デジタルカメラは「画素」になってるの、分かるかな。
そういう「小さく、小さくしていく」という考え方で物事を考えてみようというのが微分なんだってことだった。

式なんか、どうでもいい。ただ、こういう考え方で物事を知ろうとしているってことを理解して、という感じで授業をされたんだ黒板

で、一方。社会学講読本
意味ないんだよ。もうすでにほとんど「訳されてる」文章の原文を読んでね、それをまとめるわけだけど……
すでに他人がちゃんと訳したりまとめたりしてるんだったら、そっちを読んで、その労力を「それを考えること」に使ったほうが効率いいじゃん? 学問としてさ。

教授いわく、「全ての書物が訳されているわけではない、訳されていない書物を読む力をつけるためのものなんだ」ってことだったけど。
それにしちゃぁ、いわゆる「難しい」文章が多くてさ。
ひねくれたっていうか、わかりづらいっていうか。100歩譲れば、難しいものに慣れてれば、簡単なものは大丈夫だろうっていう親心みたいなものだったかもね。でも。
とうとう、ある日ぶち切れて、提出レポートに「私はこんな勉強をしても、幸福にはなれない」って書いて出しちゃった苦笑い
一応可はもらったよ。まぁ内容もとりあえずは書いて出したからね(さすがに単位は欲しいから、幸福になれないってだけ書いて出す勇気はなかった)

その時はちょうど終わったら春休みになって(後期末のレポートだったんだね)、それっきりその教授とも卒業まであんまり話もしなかったんだけど、別の先生に聞いたら、相当ショックをうけてたらしい・・・・
先輩とかにも「お前、幸福になれないって書いてだしたらしいな」ってかまわれたりしたしね。

「だってホントだもん」って嘯いてたけど、さすがにちょっと傷つけたかなって思った。
反省はしないけど(笑)

まぁ、その教授は昔からのタイプで「大学に来たからにはまずは研究者を目指すのが筋だ」みたいなことを言ってた人だったから、そんな風だったんだろうと思うけどね。
イマドキの学生が(今さらイマドキでもないけどにひひ)そんなこと、思うかってのね得意げ