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ブログネタ:自殺について考える 参加中

この手の話はもうやめようと思っていたのですが……
まぁブログネタで来ちゃったらしょうがないですね(笑)
っていうか、今まで書いてきた話とは、ちょっと別の角度で書いてみようかなって思えたので。

以前に「逆説的自死のススメ 」っていう記事を書いたんですが、その時に思ってたのが……
人はどうして自殺するのかなってこと。
もちろん、その「理由」とか「原因」はさまざまなのは分かってるんですが、そうじゃなくてね、「メカニズム」とでも言うのかな。

多分だけど、
好き勝手生きてる人は自殺なんてしないと思うんですよ。
我慢して、耐えて、あるいは押し殺して……
自分ってものを殺して、殺して、最後に本当に「自分の存在」を殺してしまう。
それが自殺なんじゃないかなって。それって、なんて哀しいんだろう、って。
だから自殺じゃなくて「自死」っていう言葉を選んだのは「最後まで殺さなくてもいいじゃない」って。

じゃあ、自分を殺す(自殺ではなく)って、どういうことなんだろうって思った。


私はよく「お前は挫折を知らない」って言われるんですよ。
あっ、最近(ここ10年くらい?)はそれでもあまり言われないけど……
でも「会社を辞めるとか、考えたこともないんだろう」とか「お前は強い人間だから、弱い人間の心が分からないんだ」とか、etc……その手のことをよく言われます。
強い女だなんて、言われすぎて、もう数えるのもやめました。

挫折を知らないなんて、高校、大学と毎年のように言われてましたね。
大体、そんなことを言うのは私より年上の男性で「俺は人生や哲学を考えているんだ、そこらのヤツとは違うぜ」っていうタイプの人なんですが苦笑(だから年上の男が嫌いになりました)。
私は家庭環境も複雑だし、大学受験には滑り止めまで落ちて一浪してるし、少なくとも苦労してないとはおおよそ言えないと思うんですが、そう言っても「そんなのは本当の挫折じゃない」ってね。じゃあその人が「本当の挫折」を知ってるのかっていうと、これまたはなはだ疑問なんですが。
(こういう輩は相手にしない知恵をつけたのも、その頃のことです。残念ながらね)

で、その手のことを言われなくなっても、会社では「辞めたいと思ったことなんてないだろう」、結婚では「どんな仕打ちを受けても『離婚』なんてことは考えないタイプだと思ってた」等々。

えーかげんにせーよDASH!DASH!DASH!

でもね、この問題(自分を殺すこと)を考えた時に、真っ先に思い出したのは、今書いたような話だったんです。


もし本当に私が「挫折したことがなく」「辞めたいと思ったこともなく」「離婚なんてことも考えない」と思ってる周りの思うとおりの人生を歩んでいたとしたら、それは生きながら死んでることじゃないかなって。

それが自分を殺してるってことかなって。


幸いにして、私は「そんなことないよね」って言ってくれる周りの人がいた。
一緒に悲しんでくれたり怒ってくれる友達や恋人やそういう人がいた。
だから、そんなことを言う人は人として、「自分は自分として」生きて来られた。

自殺しちゃう人には、そんな人がいないのかな。

上で書いたようなことを私に言う人は、そんなに深く考えて言ってるんじゃないと思う。
むしろ「親切」とか「誉め言葉」のつもりで言ってるのかもしれない。
でもね。

そういうことを言う人も、「そんなことないよね」って分かってくれた人たちも、みんな私の周りの人。
私を「生かす」も「殺す」も、そんな人たちの言葉。


だから、この記事を何人の人が読んでくれるのか分からないけれど。

ねぇ、あなたの言葉で、生きる人がいる。
でも、自分を殺してしまう人もいるかもしれない。
そんなことを、今一度、考えてみてもらえませんか。

誰もが、「自分らしく」「自分を殺さず」生きて行けるように。

あなたが投げつけた、一つの言葉、一つの振る舞い。
今一度、考えてみてもらえませんか。
その言葉で、誰かを殺していませんか?

私だって、偉そうなことは言えないかも知れないけれど。私は今一度、考えてみようと思います。