生きる意味 | 萌え燃え日常戦記

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時に萌え、時に滾り、時に凹む柊の日常をつづります

やや鬱。注意








先日書いた知人の逝去は、やっぱり心に響いているようです。こういう訃報に接する度に、どうして私ではなく、彼なんだろう、と考えてしまう。
彼のお子さんのことも少し触れましたが、私は子供もいないし、そしてお医者さんから作ってはいけません、と言われた体です。
その時から、忘れた頃に「私は生物(せいぶつ)として存在している価値があるんだろうか」ってことを自問してしまう。

もちろん人の生きる意味はそれだけではないことは百も承知。

でもついついそんなことを考えてしまう。


生きているからには何かの証を残したいと、そんなことを思う。

小さい頃は自分が将来結婚して子供を生んで母親になるなんてことを想像できなかったから(それは自分の不器量さを自覚していたから)、教師になりたかった。

自分の子供は育てられなくても、教師と言う形で人の心に残る存在になりたい、みたいな思い。


教師はどうやら向かないらしいと思ってからは、目標を見失い、そしてここ数年、オンラインで小説を発表しています。

こういう創作活動も、どこか「人の心に何かを」という衝動なのかなって。

私の小説が、たとえ一瞬に過ぎ去っていくものだったとしても、読んで下さっている瞬間には、きっと何かを思って、あるいは読んで心を動かしてもらえれば、と。


読んでくださった方の心の中に何か残れば、それは形はなくても、まちがいなく「何か」かな、と思ってずっと書いてきました。

でも、今それも書けないでいます。


そんな宙ぶらりんだから、多分彼の訃報にショックを受けちゃったんだろうな。

今の私に、生きている意味はあるんだろうか。

自分で答えを探さなきゃいけない問いなのだと思います。