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今日は、私が結婚式を挙げたホテルのビアガーデンが今年最後の営業日で、主人の義姉夫婦がゴルフの帰りに行くというので、参加しました。
バーべキューで、桜島も噴火せず、静かに食べていたけど、ショータイムがはじまり、島歌開始。
知らぬもの同士が、歌に合わせて、踊りだし、ステージへ。
義兄のノリで、私もここで、シャにかまえてもと思い・・ステージで踊ったよん。
ドキドキしたけど、楽しかった。
ホテル内の披露宴中の新郎新婦がカウントダウンして、今年最後の花火が・・・
やっぱり花火はいいなぁー。
今年の夏ももう終わり。ちょっとさびしいなぁ。
今日で阪神大震災から15年たちました。
テレビの番組を見るたびに、心が締め付けられ、涙が出ます。で、あの一瞬を思い出す。
あの日、あの時、ガタッとベットの下から、大きな力に引っ張られるように、体がガクッと来て、本能的に地震が来ると感じ、ベットの端に布団を頭からかぶり、逃げた。その瞬間、揺れだし、ジャンプしているようで、同じ部屋の一番下の妹に、[早く起きてこっちにおいで]と声をかけ、妹と抱き合って、[早く止めてー]と叫んでた。
短い時間だったけど、とても長く感じた。
このまま揺れが止まらなければ、家は倒壊するだろう。
間違いなく生き残ることはできない。→皆がいっしょならいいか→だめだめ、死ぬわけにはいかない→神様助けて・・・と思った。
揺れが一旦収まり、隣の部屋の両親や、上の妹、一番奥の部屋にいる祖母が心配で、でも、暗くて、ぐちゃぐちゃで、食器が割れ、一面にガラスで、出れない。
声をかけ合い、父はスーツケースが落ちてきて、おでこに怪我、ベランダに出て、スリッパを確保した妹が、祖母を見に行くと、ベットから振り落とされ、倒れた箪笥とベットの間に落ち、左目下を打撲。
窓から外を見ると、兵庫県庁が電気がついているので、停電の認識がなく、デスク上にあるはずのスタンドをつけようと手を伸ばしても、何もない。デスク自体が倒れ、スタンドが飛んでいっていた。
だんだん暗さに目がなれていき、いったい今何時なんだろうと目覚まし時計を見たら、電池が抜け、5:46でストップしていた。
それから、何とか全員パジャマ姿で、部屋を出て、いったい世の中何が起こったのか、テレビもつかない、電話もどこかに飛んで行き、ともかく次、また揺れがきたら、逃げれる通路は確保しようと、ガラスの破片を拾っていった。ガラスで手を切っていても、冷たさと、早く通路を作らないとの思いで、血が出ているのも気づかなかった。
[おーい、おーい]と声が聞こえる。その当時、灘区に住んでいた弟の声である。
ヘンマンが来た?こんな短期間にどうやって?
不思議である。
電話がつながっていた。受話器が外れていて、その向こう側から。
声をたよりに、受話器を見つけ、初めて彼の情報から、淡路と阪神間がすごい地震が来たことを知った。
彼は、ラッキーにも兵庫県のずっとずっと北部に、前日より行っており、震災に合わなかった。安心した。
窓から見えてる景色は、普段と変わらず、でも大家さんの家の瓦が崩れている。
少し家の外に出てみた。
家からほんの数分の相楽園の壁が、崩れて、中が丸見えであった。
それでも、まさか6千人以上の犠牲者がでるとは、その時は想像もしていなかった。
丸い雪だるまをつくりたく、再度トライ。
よく雪国の方が、転がして作っているので、私も転がしてつくってみました。
胴体はいいのですが、頭部は持ち上がれません。
でもなんとか、かわいく作れました。
でも夜、腕がめちゃくちゃ痛くて、熱が出るかとドキドキした。
何事もなく、ホッ。

