政治家の世襲制限に関する問題は、与党内でも意見が分かれています。
その中でも麻生首相は、世襲制限に対して否定的な考えを持たれています。
ただ、世襲を擁護する言葉の使い方がちょっとなぁと思うところがありますが。。。

参考↓『「カエルの子はカエル」麻生首相が“世襲擁護”」』
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20090625-OYT1T01073.htm

(以下、記事を引用...)
麻生首相は25日、都内での東京都議選自民党立候補予定者の応援で、「カエルの子はカエルと言う。親の背中を見て育つのは大事なことだ。親父(おやじ)の後を継いで農家をやる、大工をやる、左官をやる。正しく評価されてしかるべきだ」と述べ、政治家の世襲制限に否定的な考えを示した。

ここで「蛙の子は蛙」ということわざを使うのは、はたして適当でしょうか?
反対の意味をもつことわざに「鳶が鷹を生む」というものがあります。
両者の意味について、以下に簡単な解説を引用しておきます。

参考↓『ことわざ百科~鳶が鷹を生む』
http://cotowaza.com/contents/20.html

(以下、記事を引用...)
『鳶が鷹を生む』(とんびがたかをうむ)は、特に優れていない親から優れた子供が生まれることを表すことわざである。利用例は「勉強が苦手だった君の娘が大学合格?『鳶が鷹を生む』だね!」。反対の意味を持つことわざに『蛙の子は蛙』(かえるのこはかえる)がある。凡人の子供は凡人であるという意味だが、子供の頃に酒好きの父親を見ていて嫌だなぁと思っていた人が、大人になって自分も酒好きになってしまったなどと言う時にも使われる。「所詮、『蛙の子は蛙』だよ」と言うように、比較的、後ろ向きな発言に使われることが多い。「親が親なら子も子」というのも同じ意味合いを持っている。違う環境で育っても、血は争えないもので、知らず知らずのうちに親に似てしまうことを指している。このことからも、『鳶が鷹を生む』ことの方が珍しく、大変、貴重な出来事なのである。しかし、鳥として見た時に、鳶も鷹科の鳥であり、大差はないように思える。

「鳶が鷹を生む」というのは、その子供の能力や資質について表現している言葉です。
それは「蛙の子は蛙」についても同様だと思います。
例えば、親が政治家で高い対人交渉能力がある人だと仮定します。
その子にも同様の能力があり、それを活かして優秀な営業マンになったとします。
そういったときに使うのが「蛙の子は蛙」という言葉だと私は理解しています。

それ以上に「蛙の子は蛙」は後ろ向きな意味合いの言葉だと書かれています。
親が政治家だから、仕方なく子も政治家というイメージだと考えればいいでしょうか。
まあ、こういったことは単なる揚げ足取りなのかも知れませんけどね。

ところで、政治家の世襲の問題点には具体的に何があるでしょうか?
政治家の「三種の神器」といわれるものに、地盤、看板、鞄というものがあります。
地盤とは、支持者や支持基盤のことをいいます。
看板とは知名度であり、鞄とは政治資金のことをいいます。
世襲の場合、これらのアイテムが容易に引き継がれることになります。
政治家を目指すのに、叩き上げとは異なりスタート時点でアドバンテージがあります。

地盤については、親と同じ選挙区から出馬しないなどの方法が考えられます。
看板については、これはちょっとどうしようもないような気がします。
鞄については、政治資金管理団体を引き継ぐと相続税になるのだそうです。
町工場の社長の相続には課税されるのに、この不公平は是正されるべき点でしょう。

そもそも、政治家に向いているかどうかは人それぞれです。
本当に能力のある人に、等しく道を開いておくというのが本筋ではないかと思います。
世襲を完全になくすというのは、難しいことかも知れません。
ただ、現状よりも世襲の色を薄くする必要はあるのではないかと思いますね。