テンペスト
やがて強風は嵐へと変わる
すべての眠らせた者を起こす
夜だけの話ではない
今まで眠りについた者もすべて
巻き上げた風は月に達す
それはコバルトの金属風
月を少女の手遊びのビーズほどに押し縮め
そのシュバルツシルト半径は8.2cm
この夜空にはそんな
眠気が閉じ込められた小さな星でいっぱいだ
やがて一人の痩躯のタキシードが立ちあがる
春はしゃれこうべ
この世の風はすべて彼の演奏から吹いていた
骨の指はカタカタと白鍵と黒鍵を行き来する
彼は不具の者 鼓膜をもたず
己の出す音の危うさ美しさを知らない
彼は暗いホールで一人
右手に赤い薔薇の花束
左手には片手間の愛
賞賛の嵐の中 立ち尽くす