蜻蛉
それは偉大なるオニヤンマの外殻
大昔に亡くなり今もなお
七色に輝き大地に悠然と横たわる
腐ることないキチン質の殻
透き通った複眼は世にも軽いセラミック
子供もそれを抱えてはさらなる空を見上げ
休みともなれば皆やってきて
想い出を語りながらその亡骸に寄り添う
口々にオニヤンマの勇姿や偉業
ときおり魅せたお茶目な失敗
などなど 流れる雲とともに
時に風でその外殻がかすかに揺れようものなら
蘇ったかもしれぬと大騒ぎ
類するギンヤンマやアカネも
もしくはアブやハチも
あのオニヤンマのように飛びたいと
いつしか憧れは薄い膜になり
大空をおおった
一面にマーブルの干渉縞がゆらぎ
皆またそれをみあげては泣きながら
ヤンマの永遠を讃えた
ヤゴはそれをみていた水の中から
己の跳ぶ姿を いまは空さえも遠く離れた
あのスクリーンに投影し
あそこに映る日を描いた
描きながらヤゴは脱皮を繰り返した
いくらか脱皮を繰り返したがヤゴはヤゴのまま
偉大なるヤンマの遺児 ヤゴ
人々は微笑みを浮かべながら今日も空を見上げる
ヤゴは水の中 脱皮を繰り返す
ヤゴはまだヤゴ
ヤゴはなにがちがうのかわからない
その水棲の六角の足をばたつかせ
脱いだ皮は水草にもつれて
いつかはあの空をと
しかしヤゴはふと恐れてもいる
もうこれが己の成体なのではないかと
水面になにかしらの油が浮いて
七色の干渉膜が輝いている
それはヤゴの見上げる空
ヤゴはそれが美しいと思っている