蜘蛛
夜半を過ぎ
なけなしの雨も止み
湿ったスニーカーの中
指をこごめ
早く靴下を脱ぎたい一心で登る
アパートの階段の
赤く錆れた手摺りに触れれば
冷たくざらざらと濡れた
築30年の鉄の手触り
今朝ここを降りたばかりが
気がつけばもう
夜には明日の朝の気配が含まれる
ふと右の腕にまとわりつく違和感
粘りある糸状の湿度は
日に焼けた肌の産毛の間で
水の玉と共に張り付いている
古い蛍光灯のちらつきをたたえながら
赤錆の手摺りの端には
逆さに張り付いた蜘蛛が
怯えながら身じろぎもせず
白目のない黒目で
何かを訴えて
申し訳ない
自分がもう少し小さければ
引っかかってやれたものを
不快な糸を前腕から二本の指で擦りとり
かすかな白い柔らかな玉に
これがお前のその
灰と黒の斑の腹から
途切れることなく出ていたのか
体よりも大きな網を
一晩かけて張った罠を
一息で破れる罪悪感を
振り払うように扉をあけ
暗い玄関へと転がりこみ イライラと
濡れた靴下を剥がそうと屈みこめば
こめかみの下 耳たぶの少し上
闇の中 目の端を流れる
一筋の銀色の宇宙の糸