ななほしてんとう
朝起きて目を開くと
フローリングの床の上
ななほしてんとうが一匹
足を曲げてひっくり返っていた
昨晩はそこにいなかったろう
越冬に失敗したのか
それにしたってそんなとこで
むくんだ男の寝顔を
逆さになって一晩中眺めなくても
見つめ返せば
じっと見つめ返してくる
まぶたさえないその複眼で
一対の目でさえ見え過ぎるこの世を
瞬きもせずどう見てきたのか
なぜこの世を去るときに
生きてる間は自力でも取れない
逆さまの形をとるのか
セミもカブトムシもみなこぞって
いつひっくり帰るのか
力を抜けば本来逆さになる
そんなバランスなのか
だとしたら生きてる間は振り絞って
それをこらえて飛び歩くのだろうか
大変じゃないか
そしてなぜそんなに足を収めて
申し訳なさそうに小さくなるのか
この世の空間に占める自分の割合を
せめて少しでも小さくしてから行こうと
そう思っているのか
切ないじゃないか
いつ誰がみていない間に
そんな格好になるのか
誰があなたたちをそうするのか
指で弾くと
出来の良いコマのように
くるくると回り続ける
それは実家で使っていた
丹塗りの赤い星の椀
止まればこちらを見返してくる
ゴミ箱に捨てようと指に乗せると
驚くほど乾いて軽く
些細な力でかさかさと
崩れていきそうで
崩れてしまえばそれはもう
ただのゴミになってしまうわけで
もう一度床の上に
逆さに戻してそっと置く
そのまま家を出る
帰ってきた時にはきっと
もういなくなっているだろう