新書とかエッセイとか詩とか | 渡辺修也オフィシャルブログ「雨ニモマケズ」Powered by Ameba

新書とかエッセイとか詩とか

昨日の続き

時間がないと自然と読む本が変わってくる。短い単位で話のまとまりのあるもの、区切りをつけて読むことができるもの、そういったものを読むようになる。

まずは新書。まずあの手にしたときの小説よりも薄い感じ。これだけで手軽に読めそうな気がする。実際に章の区切りが小さく、短い時間で新たな知識、世界に触れられる。ただし玉石混交なので何を手にするかは注意が必要だ。下手なものを手にすると無い時間を更に浪費することになる。

最も印象に残っているのはサントリー新書大賞を受賞した福岡伸一さんの「生物と無生物の間」。あまりにも面白くてその後に読んだ「できそこないの男たち」もすこぶる面白かった。あと髙橋昌一郎さんの「理性の限界」「知性の限界」「感性の限界」による限界三部作。各学問の突き当たっている壁を対話形式で雰囲気をわかりやすく伝えていて、ぎっくり腰の間に読みふけった。理系のものばかりでなく、橋爪大三郎さんの「ふしぎなキリスト教」、平田オリザさん「わかりあえないことから」なども面白かった。

新書ではないがブルーバックスもいつもお世話になる。数学ものはだいたいブルーバックス。本屋にいくとまずはブルーバックスの棚による。フェルマーの最終定理に始まり、リーマン予想にポアンカレ予想、ゲーデルの不完全定理にチューリングマシン、そしてオイラーの公式…数学をかじった者ならいつでもその浪漫に浸れるこれらのものを親しく描いてくれるブルーバックス。

短篇集やエッセイもよく読むようになった。区切りが短い上に一話完結なので、どんなに時間が短くても読むことができる。ここでも浅田先生のお世話になった。長いのも短いのも書けるっていうのは本当に凄い。

さらに時間がなくなり短編もエッセイも読めないようになってくる、ということで最終的には詩集までも読むようになった。さすがに詩は短い。いつでも読める。


だが詩までいくと、短いとか時間がなくても読めるとか、それ以外の価値や意味合いも出てくる。


…眠くなってきたので、また明日。
なんか面白かった話の羅列になっちゃったけど、まあいいか。
どれも面白いので興味のある方は是非。