01
夕立が去って空は微かにマゼンタ色になった。女の濡れた髪の毛からはまだ雨の匂いがした。窓からは砂浜が見えて、その奥で白波が寄せては消えた。さっきまで僕らがいた砂浜はまるで違う世界のように見えた。さっきまでそこにいたことが少し怖くなるほどそこは寂しげに見えた。相変わらず女は無口だったので、僕はポケットから湿った煙草を取り出し火をつけた。やはり雨の味がした。吐き出した煙は空中の水分と混ざり合い、しばらくの間僕達の頭上に停滞したあとでゆっくりと消えていった。僕はそんな景色を眺めながら、なるべく意識を窓の外へ向けた。時間はとてもゆっくりと流れた。珈琲が運ばれてくるのに1時間は待ったような気がした。女は珈琲を飲まず、ずっと窓の外を見ていた。海を見ているのか、砂浜を見ているのかは分からなかった。ただぼんやりと、窓の外を見ていた。その姿はまるでスプートニク2号のライカ犬のように見えた。相変わらず時間はゆっくりと流れ、いつの間にか氷は溶けてしまっていた。
02
突然の夕立が私の長い髪を濡らした。私の服も、下着も、皮膚も、何もかもを濡らした。夕立が去った後のマゼンタ色の空は濡れた私のことなんてとっくに忘れてしまったみたいだった。砂浜で別れを告げた時、私の中にあったある種の夢や幻想のようなものは消えてしまった。私はその予期せぬ喪失に戸惑っていた。カチッと音がして、ほぼ同時に煙草の匂いがした。ため息みたいに煙を吐く男の姿を横目に、私は窓の外を見ていた。夢や幻想が失われた砂浜はまるで離れゆく地球を遠くから見ているようで、私はスプートニク2号のライカ犬のような気分になった。白波が寄せては消えて、空は徐々に暗くなっていった。あの砂浜の風景の中で生きていくというのは、あまりにも寂しすぎると思った。