パイロットである私が趣味としてスカイスポーツを始めようと思い立ったのが前回の話『飛行機のパイロットが「趣味で空を飛ぶこと」を始めた話』「空を飛びたい」と人生で1度も想ったことがない人とは仲良くなれないと思っている。空を飛びたいと想う気持ちは、その根底に自由への希求や、自分の活動領域を広げたい…リンクameblo.jp


いくつかあるスカイスポーツの中で最初に挑戦すると決めたのがグライダー。

グライダーならば普通の航空機とほぼ操縦感覚も変わらず、本職パイロットのアドバンテージを活かせると思ったのだ。

調べてみると体験搭乗を受け付けているクラブが見つかった。

日本グライダークラブが群馬県の板倉滑空場で実施している体験搭乗で、15分〜30分程のフライトで費用は12000円〜17000円ほど。


当日朝9時前に板倉滑空場に向かう。

滑空場に着くと数機のグライダーが並んでいた。

そのスマートで美しい機体に見惚れる。


9時になるとクラブ員の方たちがブリーフィングを始めた。体験搭乗者である私たちも輪に入り、挨拶をさせてもらった。

自己紹介の中でパイロットであることを告げると、「おぉ」というどよめきがあがった。

良い気分である。


「プロのパイロットがどうして?」と聞かれたので「航空機の中でグライダーが最も美しく、スマートに飛ぶ乗り物だと思ったので体験してみたかった」と答えたら喜んでもらえた。

もちろんグライダーを褒めて、クラブ員の方によく思われたいという助平な心がないわけでもないが、でも実際グライダーは美しいと思う。


そんな風に談笑をしている中で気になることを言われた。

「うちのクラブには結構本職のパイロットさんがいるよ。でも意外に本職のパイロットの方が練習に苦労するみたい」

「J○Lで2万時間飛んでる人でも、なかなか苦戦してるよ」

…ほほぅ、グライダーはそんなに甘くないぞという事が言いたいのかな?

でもそれはオートパイロットに頼り切ったエアラインパイロットの話だろう。


話は少し逸れるが、私から言わせればエアラインのパイロットの仕事は「操縦」ではない。彼らの飛行機はオートパイロットに目的地をセットすれば本当に勝手に飛んでいくのだ。それも航空路をゆったり飛ぶだけ。

一方我々はまともなオーパイもついていない航空機で、航空機の限界に近い激しい操縦が要求される。

言ってみれば高速バスの運転手とラリードライバーの違いのようなものだ。

そう言う意味では「操縦士」としてどちらがレベルが高いかわかるであろう。

それなのに世間一般ではパイロットといえばJ○LでありA○Aである。

合コンに行って「パイロットです」といえば食いつきは悪くないが、JALでもANAでもない、ましてやエアラインでもないとわかるにつれ、急に相手方の熱が下がっていく屈辱的な体験を何度したことか!

「エアラインに給料では負けていても腕では負けてないぞ」と言うのが我々の矜持である。

…いかん、「非エアラインパイロット」のコンプレックスが爆発してしまった。


話を戻そう。


この体験搭乗では複座機の後ろに教官資格を持ったパイロットが乗り、体験者は前席に乗せてもらえる。

後席に座る教官は女性のベテランパイロットであった。本職はヘリパイロットとのこと。


そうこうするうちに自分の番になった。

フロントシートに座るとその狭さにびっくりする。

また、計器の少なさにもびっくりする。

エンジン計器がないのは当然だが、姿勢儀すらない。

しかしそのシンプルさに心躍る。


発航はセスナによる曳航だ。

インストラクターが無線で地上局とセスナに合図するとセスナのエンジンが唸り、するするとグライダーは動き始めた。


ほんの100mかそこらでグライダーは浮き上がった。通常の飛行機と比べるとあまりにもあっけないというか、本当に軽やかだ。


曳航機と切り離し、滑空に移ったところでインストラクターに「ちょっと一緒に持ってみますか?」と言われた。

ドキドキしながら操縦桿とラダーに手と足を添える。

まずは一定のスピードを保てるピッチ(機首の上下)を保持するように指示される。

姿勢儀がないので、今何度のピッチなのかわからない。外の水平線を見てなんとなく当たりをつける。

しかし思った以上に操縦がシビアというか、敏感で一定のピッチを保つことが難しい。


旋回を指示されたのでバンクを入れつつラダーを踏む。バンクの入力は素直だが、ラダーが効いている感じがしなかったので少し強めに踏んだら明らかに機体がスベった。すべり計の代わりにキャノピーに毛糸がついているが、これがあからさまに左右にブレる(スベっていない釣り合い旋回ができている場合、毛糸はまっすぐ流れる)


これは推測だが、グライダーは軽量化のために機体の縦の長さが最小限に短い。一方高い滑空比を得るために主翼はテーパー比が高く、長いものになっている。

結果として重心の位置からラダーのついている垂直尾翼までの距離が短く、ヨー方向の安定性が著しく悪いのではないだろうか。


インストラクターと一緒に操縦桿を握らせてもらえた少しの間でもハッキリわかるくらい、操縦が難しいことを痛感した。

離陸前「本職のパイロットが意外に苦戦する」とクラブ員の方が言っていたことが腑に落ちた。


その後インストラクターの操縦でフライトする。

その途端にグライダーに芯が入ったかのごとくキレのある飛びになったのがわかった。

まったく感動するやらガッカリするやら。


しかしまさしく優雅でスマートなフライト感覚は感動モノである。




当然ながらサーマルは目に見えないが、インストラクターは「あのあたりにサーマルありそうですね」と機体をそちらに向ける。

その言葉の通りサーマルにヒットすると動力を使ってもいないのに機体はスルスルと上昇する。まるで魔法である。

普段の航空機の上昇が、圧倒的なパワーを使って重い機体を無理矢理上昇させる無粋な行為に思えてくるくらい優雅な飛行だ。


約20分ほどのフライトを終えて地上に戻ってきた。

クラブ員の方達に「どうだった?」と聞かれたので、素直に「めちゃくちゃ難しかったです!悔しいです!」と答えたら快活に笑われた。


やはりグライダーもいいなあと思い、半ばクラブに入ることを本気で考えた。

詳しいコストや資格取得までの過程などを聞くと、やはり資格を取るには最短でも2年ほどはかかるらしい。

そして概ね1年間にかかる費用は諸々あわせて約100万円。

グライダーは極めて魅力的なスカイスポーツではあるが、コストとワークロードが思っていたより大きいなと感じた。


とりあえず入会は留保し、お礼を言ってクラブを去った。


次回はハンググライダー&パラグライダーに挑戦!