播磨国番外㉞備後国「三蔵稲荷神社・備後護国神社」~JR山陽本線福山駅~
福山城内二の丸下段にある神社が「三蔵稲荷神社」です。
こちらが表参道。
こちらは城内から参拝できる裏参道。
西参道。
三蔵稲荷神社は、水野勝成公が福山城築城の際に守護神として祀った神社です。
ご祭神は、宇賀魂大神、猿田彦大神、大宮女大神。
勝成公が二十一歳の時、武者修行の旅に出る際に伏見稲荷大社のご神体を授かり、その後、肌身離さず持ち続けていたそうです。
武士の姿をしたおつかいキツネ様が藩主や多くの福山藩士を助けた逸話やキツネ様が災害を乗り越えるための手助けをした伝説が残っています。
茅の輪くぐりに間に合いました。
能舞台があります。福山八幡宮から移設されたものだそうです。ここで、ミス稲荷コンテストなども開催される今風神社として、人気の神社です。
数多くの境内社があります。
石鎚神社。於政稲荷。吉寿稲荷。沓掛稲荷。七社稲荷。など。
そして、福山城丸の内の北側、天神山の麓にあるのが、旧備後神社と阿部神社を合祀した備後護国神社。
旧称は阿部神社で、現在のご祭神は備後国出身の英霊、大彦命、武沼河別命、豊幹別命、及び阿部正弘をはじめとする歴代備後福山藩主。
旧阿部神社は、八代藩主阿部正精公が文化十年に竣工。旧備後神社は、明治元年、福山藩主阿部正恒が石見益田の役と箱館戦争での戦死者の霊を弔うために、招魂社を創立したことに始まります。
昭和二十年の空襲によって、一切が焼失し、昭和二十九年に、阿部神社の本殿を改装することで合祀することになり、昭和三十一年に復興。
参道石段を南側に移し、拝殿神門を建立しました。阿部神社は、境内社として残っています。
阿部神社の参道は南側にあり、今も門が残っています。
こちらから参拝すると、拝殿、本殿の側面を見上げるカタチで階段を上ります。
阿部正弘公像。
宮本武蔵の腰掛石。
数多くの慰霊碑が建立されています。先人のおかげで今がある、と新たに肝に銘じて拝礼させていただきました。
さて、帰りは在来線で福山~相生~姫路乗り継ぎで三時間の旅なので、何も食わず、弾丸でそろそろ帰ります。もちろん、福山の百分の一も歩けてませんので、何度でも訪れたいと思います。
アクセス:JR山陽本線福山駅下車徒歩すぐ