昼休みの町は、昼食に出ている会社員たちが行き交っていた。 まだなじみのない新人たちらしい顔を見かけるのもこの時期ならではのことだろう。 そんな町の一新されたような空気を感じながら、ぐぅ、とどこからか漂ってくるラーメンの香りに腹がなった。 その香りに誘われるようにたどり着いたのは、一軒のラーメン屋だった。 古い木の看板に「ラーメン・道場」と大きく筆で書かれていた。 いかにも「ラーメン職人、この道数十年」というような頑固おやじがやってそうな雰囲気があった。 しかし、興味本位に足を踏み入れた私を出迎えてくれたのは、赤いチャイナドレスに身を包んだ妙齢の美女だった。 彼女は私に笑顔で「いらっしゃいませー」と言い、そして先客たちのほうへ向きなおった。 私は自分の目を疑った。

 

板張りの床の上で、二列に並び、湯気の立ち上るラーメンのどんぶりを両手で持ちながらスクワットをしている老若男女たちがいた。 「こちらへどうぞ」と先ほどの女性が私を案内した。 後列の端に案内され、何をどうしてよいのか戸惑っている私に、となりの初老の男性が話しかけてきた。 「お兄さん、見ない顔だね。 初めての方かな? ここはいいよ。 私は長年腰痛持ちだったが、ここに2回通っただけで、すっかり良くなって夜も良く眠れるようになったよ。」と、アツアツのラーメンのどんぶりを両手で持ちながら、スクワットをしていた。 彼の額には汗がにじんでいた。 

 

少しして、私の前に「ラーメンです、どうぞ」と、先ほどの赤いチャイナドレスの女性が一杯のラーメンを運んできた。 「私はインストラクターのアズキです。よろしくね」というと、彼女は列の前のほうへもどっていった。 そしてそこにいた全員に「はい、準備運動はそこまで。 では、ポージングをしますので、みなさん、どんぶりを右手の手のひらの上に乗せて、前のほうにその手をぐーっと伸ばしてください。背筋も伸ばして、息をふーっと吐きながら、ゆっくりと動作します」と言った。 私は見よう見まねで、アツアツのラーメンの入ったどんぶりを右手に乗せて、腕を伸ばそうとしたが手に触れるどんぶりの底がどうにも熱すぎる。 「あつっ!あつっ!あつっ!」 慌てて、どんぶりを下に置いた。 そんな私を見てアズキ先生は「大丈夫ですか? 息をゆっくり吐きながら右手の手のひらに意識を集中させてやってくださいね」と言った。 私は「それなんですけど、どうにもどんぶりが熱すぎて…」というと、アズキ先生は私のほうへ歩いてきて、私の顔の前にぱっと、その白い手を広げた。 そして「わかりますか?」と私に問いかけた。 

 

どういうことだろう? もしかして、熟練したアズキ先生のレベルになると、このような熱いどんぶりをどれだけ持とうが、手をやけどすることもないということなのだろうか… 彼女は「私のような手、どのような状況でもこのような手の平穏な状態を維持するにはコツが要ります」と言った。 ゴクリと私は思わずつばを飲み込んだ。 いきなり奥義を教えてくれるだろうか、という期待に胸が高鳴った。 「それは」 彼女は、言葉を続ける。 「そんな熱いどんぶりとかを持たないようにすることです」 彼女がそう言い切るとほぼ同時に、私は盛大にずっこけた。 そして手に持っていたラーメンを頭から被った。 すべてがスローモーションで動いているように感じた。 声にならない悲鳴を上げる私。 生徒さんたちとアズキ先生から集まる視線。 「イミガワカラナイヨ!」と、カタカナで叫びながら、そこから逃げる私。 逃げ去るときに目に入った「ラーメン・道場」の看板の「・」の部分は点ではなく小さな字で「ヨガ」と書かれていたことの発見。 「イミガワカラナイヨ!」と再び叫ぶ私。 

 

あれから数か月。 時々あそこから「イミガワカラナイヨ!」という声が聞こえるような気がする。 そのたびにあの日を懐かしく思い出している。

 

(完)

 

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Inspired by:

 

 

  

ルーシーダットンというタイの古式ヨガは宮古市のカズミスタジオで体験することができます。 しかしカズミスタジオは、ナビで見ると何故か「道場」として表示されております。 ラーメンでも食べたいと思っているお昼時にそれを発見してしまったので、「ラーメン」「道場」「ヨガ」と、全部織り込んだ話になりました(笑) 私は何度か和美先生のレッスンに参加させていただきました。 レッスン後はいつも、体が全体的にジワリジワリとほぐれるようなリラックス効果が二日ほど続きます(個人の感想ではありますが。) 筋トレの後で体が筋肉痛になっている時のレッスンは最高です。 そんなカズミスタジオのブログはこちらからどうぞ。 カズミスタジオは、さまざまなイベントを市内外で催されておりますので、興味のある方は是非、スタジオのクラスでも、イベントでも参加してみてください。 アツアツのラーメンの入ったどんぶりを持たされたりしませんので、安心してご参加ください。