父が家族に借金以外にただひとつ遺していったものは、未開発地域の70坪程の土地とマンションという名ばかりのアパートだった。
母さんは、その家賃収入と遺族年金と皿洗いのアルバイトで、当時まだ学生だった僕の弟4人とともに暮らしてきた。
あれから父の13回忌が過ぎて、あっという間に母さんも還暦を迎え、1月31日で63歳になった。
我が家で一緒に暮らそうと誘っても、まだ独立せずに共に暮らしている弟2人のことが心配で、また友達と離れてしまうことが嫌で、昨年の暮れの引越しとなったのだ。
引越しをしたのは、年々上がる市民税や固定資産税、それに国民健康保険の負担が大きく、それまでの家賃では暮らしが成り立たなくなったからである。
引越し先の家賃は、それまでの半分近くになったが、それを埋めるように上がる灯油などの生活費の負担で決して余裕があるものとは言えない。
今年も所有する不動産経営の確定申告の時期となり、それを管理している叔父のところに出向いた。
叔父は父が亡くなってから2年経ったころだったろうか、脳梗塞で倒れ、その後遺症で左肩の鈍痛にずっと悩まされてきている。
久しぶりに会った叔父は、こんなに短い時間でここまで老けるのかと驚くくらいに、年を取ったような印象を受けた。
何でも、前回会ってから1年の間に頚椎の手術を2回行ったそうだ。
にもかかわらず、左肩の鈍痛は一向に治らず、更にひどさを増しているようだった。
確定申告の手続きで出向いた目的と、僕にはもうひとつの目的があった。
それは、叔父にマンションを買い取ってもらう提案をすることだった。
マンションは3棟あり、それぞれA、B、C棟と名前がついているのだが、母さんの所有する棟はA棟、厄介なことはそれぞれの名義が異なることだ。
だから、第三者に売却するには、いろんな意味で都合が悪いし、A棟だけを切り売りしようにもそう簡単な話にはならないのだ。
5年程前に一度、叔父にそんなような提案をしたことがあったが、そのときは話を聞く間もなく反対された。
しかし、振り返ると、叔父に買い取ってもらうのではなく、漠然と売りたいと言っただけだったのかもしれない。
こちら側も、母さんの生活の糧ということもあり、家賃収入か現金化するかの判断に迷いがあったせいだろう。
今日の話に迷いがなかったのは、やはり時間の経過ということなのだと思う。
叔父の答えにも、まったく迷いがなかった。
自分の年齢と体力の限界から死を意識していたように感じた。
年内に叔父の弟である、僕にとってのもう一人の叔父が買い取る方向で話がまとまったのだった。
どちらかと言うと、母さんとうまくいってなかった叔父との親戚関係で、時にお金のことでケンカになるようなこともあったが、父との生前の約束を叔父は守り続け、その天涯孤独という身もあり、母さんの暮らしに対する叔父の責任を果たそうという気概を感じた一日だった。
同時に、他界した父の深い愛情を感ぜずにはいられなかった。
母さんは、その家賃収入と遺族年金と皿洗いのアルバイトで、当時まだ学生だった僕の弟4人とともに暮らしてきた。
あれから父の13回忌が過ぎて、あっという間に母さんも還暦を迎え、1月31日で63歳になった。
我が家で一緒に暮らそうと誘っても、まだ独立せずに共に暮らしている弟2人のことが心配で、また友達と離れてしまうことが嫌で、昨年の暮れの引越しとなったのだ。
引越しをしたのは、年々上がる市民税や固定資産税、それに国民健康保険の負担が大きく、それまでの家賃では暮らしが成り立たなくなったからである。
引越し先の家賃は、それまでの半分近くになったが、それを埋めるように上がる灯油などの生活費の負担で決して余裕があるものとは言えない。
今年も所有する不動産経営の確定申告の時期となり、それを管理している叔父のところに出向いた。
叔父は父が亡くなってから2年経ったころだったろうか、脳梗塞で倒れ、その後遺症で左肩の鈍痛にずっと悩まされてきている。
久しぶりに会った叔父は、こんなに短い時間でここまで老けるのかと驚くくらいに、年を取ったような印象を受けた。
何でも、前回会ってから1年の間に頚椎の手術を2回行ったそうだ。
にもかかわらず、左肩の鈍痛は一向に治らず、更にひどさを増しているようだった。
確定申告の手続きで出向いた目的と、僕にはもうひとつの目的があった。
それは、叔父にマンションを買い取ってもらう提案をすることだった。
マンションは3棟あり、それぞれA、B、C棟と名前がついているのだが、母さんの所有する棟はA棟、厄介なことはそれぞれの名義が異なることだ。
だから、第三者に売却するには、いろんな意味で都合が悪いし、A棟だけを切り売りしようにもそう簡単な話にはならないのだ。
5年程前に一度、叔父にそんなような提案をしたことがあったが、そのときは話を聞く間もなく反対された。
しかし、振り返ると、叔父に買い取ってもらうのではなく、漠然と売りたいと言っただけだったのかもしれない。
こちら側も、母さんの生活の糧ということもあり、家賃収入か現金化するかの判断に迷いがあったせいだろう。
今日の話に迷いがなかったのは、やはり時間の経過ということなのだと思う。
叔父の答えにも、まったく迷いがなかった。
自分の年齢と体力の限界から死を意識していたように感じた。
年内に叔父の弟である、僕にとってのもう一人の叔父が買い取る方向で話がまとまったのだった。
どちらかと言うと、母さんとうまくいってなかった叔父との親戚関係で、時にお金のことでケンカになるようなこともあったが、父との生前の約束を叔父は守り続け、その天涯孤独という身もあり、母さんの暮らしに対する叔父の責任を果たそうという気概を感じた一日だった。
同時に、他界した父の深い愛情を感ぜずにはいられなかった。