2018/02/13 雑踏の中の小さな祈り
詩篇94篇9節
耳を植えつけられた方が、
お聞きにならないだろうか。
目を造られた方が、ご覧にならないだろうか。
文脈的にはこれは、主は気付かないと言って勝ち誇る、
「悪者ども」に向けられた「ツッコミ」である。
しかし、私たちにも同じことが言える。
神は耳を植えつけられた方だから、
どんな小さなつぶやきをも聞いておられる。
目を造られた方だから、どんな小さな唇の動きも、
私に見えていない周囲の出来事も、しっかり見ておられる。
私が今日、東京の電車の中で何かをつぶやいたなら、
それは神が聞いてくださっている。
雑踏の中で2秒の祈りを祈れば、
主はそれを目撃しておられる。
なんという慰めだろう。
日常の中で、小さく神に感謝の祈りを捧げよう。
journal by Shun Jinnai
2017年10月11日(水)