2021年12月9日、兵庫県立芸術文化センター 大ホールで、クリスティアン・ツィメルマンのピアノ・リサイタルがありました。プログラムは、バッハのパルティータ第1番 変ロ長調 BWV 825、同パルティータ第2番 ハ短調 BWV 826、後半がブラームスの3つの間奏曲 Op.117とショパンのピアノ・ソナタ第3番 ロ短調 Op.58。バッハとブラームスは、彼ならではの燻し銀の様な選曲で、最後のショパンは自身の血肉と化しているような自在な演奏。彼がバッハを弾くことは比較的珍しく、端正で音楽的な表現。ブラームスは、彼はよく取り上げ、コンチェルトやピアノ・ソナタ全曲やバラード Op.10なども録音していましたが、陰影の深い瞑想的な演奏でありながら、にもかかわらずどこか健康的で「膿んだ」ところのないのが彼の真骨頂と言えるのではないでしょうか。ショパンは彼が10代の頃から繰り返し繰り返し弾いてきたであろう曲で、まさに「心の欲する所に従えども矩(のり)を踰(こ)えず」の境地。第4楽章で超低音のHを暴力的なまでのアクセントを伴って弾いた箇所がありましたが、音色が透明だったことから、恐らく彼自身が会場に持参しているピアノでカスタマイズしたものであったのかもしれません。

今回そして前回私が聴いたベートーヴェンの最後の3つのピアノ・ソナタの演奏会の時も、楽譜を譜面立てに非常に寝かせた状態で楽譜ありの演奏会でしたが、これも憶測ですが、楽譜を見る見ないに関わらず置いておくことにより、敬意を持って作曲家の意図に従っている、自分独りよがりの恣意的な演奏ではない、自己顕示的なパフォーマンスから一線を画している、等の非常に良心的でストイックな彼ならではの動機に基づくものではないかと考えます。

しかしひとつだけ残念だったのはアンコールがなかったこと!その日会場はコロナ第5波が収束したつかの間の時期にあたり、列を空けるどころか隣を空けるどころか、寿司詰めの超満員でした(笑)。この時期に来日してリサイタルをしてくれたのは本当に感謝の念に堪えませんが、ひょっとして事前にコロナの事情を鑑みアンコールなしで、という彼ならではのまた良心的でストイックな配慮でこう決まっていたのかも(主催者側の要望かもしれませんが)・・・。