※仲間キャラ
 マリス→女賢者 ライド→男僧侶 ステラ→女戦士 カーン→男武闘家
(主にCDシアターからとってますが、性格や口調は一致してないかも知れません。悪しからずご了承下さい)

おすすめBGM:前半作られた伝説→後半“アレル”―A Broken Brave―










誰もが笑顔だった。鬱陶しいくらいに。

兵士たちは剣も盾も鎧も身に着けず、酒を飲み、豪華な食事を食べ散らかして、まるで気狂いのように馬鹿騒ぎをしている。

ついさっき酔った兵士二人が町娘に声をかけて、宿屋に連れて行くのが見えた。
そのうちの一人は、この城の兵をまとめている総隊長だった。

子供たちも、もう日が沈んで随分経つというのにまるで真昼間の広場にいるかのようにはしゃいで、遊び回っている。大人たちは誰一人としてそれを注意しない。

・・俺自身が子供だった時から、子供の声は好きではなかった。
今日の昼間に子供たちが親に連れられ、城の外で休んでいた俺の周りに集まってきた時も、逃げ出したくなるのを我慢しながら作り笑いをして。握手を求めてくる親たちに心にもないセリフを言って。

・・・最悪だった。今日は本当に疲れた。もうしばらく何もする気が起きないだろう。








━─━─異説2  醜悪なるこの世界








旧暦71533年  女神の月 第一の不死鳥の日 

――――魔王バラモスを倒し、俺達は今日ここに戻ってきた。
アリアハン。俺が生まれ育った国。

見慣れた懐かしい土地のはずなのに、まるで知らない場所のように思えた。実際、話した人の中にもすれ違った人の中にも誰一人として、俺の顔見知りはいなかった。

マリスが「長いこと帰ってきてないから、顔を覚えてなくても仕方ない」と言っていた。苦笑交じりに。

そんなはずはない。俺は自分の周りにいた大人たちの顔や名前は全部ちゃんと覚えている。忘れるはずもない。

・・・本当は分かってる。彼らはこの国を追い出されたのだ。

「世界を救った勇者」の故郷であるこの国に、財力にものを言わせて無理矢理移住してきた貴族たちによって。
そして、勇者として旅立つ前の俺を知っている人間を排除したいアリアハン王の命令によって・・・。


この国は変わってしまった。何もかもが。
交易が盛んになったせいで以前とは比べ物にならないほど物価が上昇し、加えて観光客から金を搾り取るために信じられないほどの値段で物を売っている店がほとんどだ。

城下町を行き交う人間達は大人も子供も年寄りも、とても高価な生地や宝石を多用した服を着ている。ずらずらと何人も従者を従えていたり、ギラギラ光る馬車に乗っていたりもする。

いわゆる“名前が長い人たち”だ。ずば抜けて裕福かもしくは高貴な由緒正しい家柄の人間しか、苗字は持っていない。彼らはきっと一人残らず、長ったらしくて言いにくい御大層な名前を持っているんだろう。

そして彼らはみんな「勇者の生まれ故郷に住む」というブランドを求めてここへ来た。
そのおかげでこの国の財力は一瞬で膨れ上がり、他国を圧倒する豊かさと知名度を持つ先進国となった。
でもその裏でどれだけの人々が理不尽に居場所を奪われ、はした金と共に見ず知らずの土地へ追いやられたのか・・・。

旅の途中で何度か、このアリアハンが国として急速に成長しつつあることは耳にしていたが、この変わりようはあんまりだ。

それでも久しぶりの故郷だからと、俺は当然のように一人で街を見て回って、ついでに母さんにも顔を見せに行くつもりだった。

だが・・・これは考えが甘かった、というべきなのだろうか。
どうやって情報を嗅ぎつけたのか、俺がこの大陸に上陸したときには既に城で凱旋式典の準備が整っていたというのだから、驚きだ。

訳が分からないうちに馬車に乗せられ、貴族の豪邸と見紛うような屋敷―俺達の一時的な滞在のためにわざわざ建てたらしい―に連れて行かれ、次の日には異様な人数の従者と兵士の列に前後を挟まれて、豪華絢爛に飾られた城下町を練り歩く羽目になった。

地面が見えないほど大勢の人がひしめくように広場や大通りに集まり、歓喜と称賛の声を投げかけてきた。誰もが俺達に熱烈な視線と黄色い歓声を送り、気でも触れたかのように「勇者様万歳」と声を揃えて繰り返す。

城に到着し、集まった数え切れないほどの人々にバルコニーから手を振って見せれば、鼓膜が破れるどころか頭蓋が叩き割られそうなほどの凄まじい大歓声が沸き起こった。


・・言うまでもなく、俺は日が暮れてから誰にも気付かれないようにこっそりと帰って来たかった。慣れ親しんだ場所で、少しでいいからゆっくりと休みたかった。

仲間達は満更でもなさそうだったが、俺はどうもああいう雰囲気は得意じゃない。
人々に囲まれて歩いている時にも、何度耳を塞いでうずくまりそうになったかわからない。

・・・だが・・・魔王バラモスが打倒され世界に平和が訪れたことを人々に印象付けるためにも、勇者とその仲間達は派手に華々しく凱旋した方がいいのだろう。目立たずに一人で静かに休みたいというのは、俺のただの個人的なワガママに過ぎないのだし。

でもせめて明日は少しくらい、一人きりで肩の力を抜いていい時間を設けて欲しいものだ。
贅沢を言えば、仲間達とだけでゆっくり話す時間も欲しいけど。

・・俺はこの世界を救ったことで、本当にこの世界にとって良い存在になれたのだろうか?
流されていく過去にも、新しく訪れる変化にも、この世界のありようにも、・・そして「勇者」という俺であって俺ではない存在にも、俺の心が置き去りにされているような気がしてならない。







―――――――――――こんなものでいいか。

俺は欠伸を零して、羽ペンを無造作に机の上に置いた。
だが向かいの席に座っている兵士がグラスを倒していたせいでそこは水浸しになっており、俺は誰にも聞こえないように舌打ちをしてびしょびしょに濡れたペンを取り上げた。

ため息をついて窓の外を見やると、もう空が明るくなってしまっている。
結局今日もまともに休めなかった・・・。
小鳥のさえずりと、無邪気に駆け回る子供たちの声が聞こえてくる。

「・・・・・うるさい・・・・・」

・・・俺は生まれつき、人よりも五感が優れている。役に立つこともあるが、鋭敏すぎる触覚や味覚、嗅覚には子供の頃から苦労させられた。

手や足を少し擦りむいただけで大泣きしては、母さんや剣の先生に意気地なしだと言われた。でも当時の俺には本当に立っていられないほどの激痛だった。

魚や肉の生臭さと血の味がもの凄く嫌で、よく母さんに「食べないと強くなれない」と言われて無理矢理食べさせられた。羊肉の塩漬けなんて、見るのも嫌だ。
特別に嫌いではないというだけで、野菜やパンを美味しいと感じたこともないが。

街の中にいる馬や犬猫のきつい体臭が死ぬほど嫌いで、近くを通る時は決まって息を止めていた。
使い込んだ剣からする錆と胴と脂の溶けた臭いも、吐き気がするほど嫌いだった。

でもそれらより、群を抜いて優れている視覚と聴覚の方がたちが悪い。通りすがりの人々の何気ない会話も全て隅から隅まで耳に入ってきて、見えるあらゆる文字や色彩が過剰な量の情報を脳にもたらして神経を疲弊させる。
そして俺は記憶力も常人のそれとはわけが違うため、意識に刻み込まれた情報たちはほとんど消えることなく残り続ける。

今ではある程度自分でコントロールできるようになったが、相変わらずこれらの要素は戦闘などで有利な効果を及ぼすよりも、ただただ俺を不快にさせるだけのことが多かった。



「・・・・・・・・・・・」

書き終えた“日記”の文章を読み返す。

清々しいまでに、実際の俺が思っていることと真逆だ。

これは俺が何か大きめのことを成し遂げるたびに書かされる“作品”。
俺自身が体験したことや抱えている感情などを自筆し、それを歴史学者たちが編集して伝記と一緒にまとめるそうだが・・・
ただ、本当にやったことを包み隠さず記したり思ったことをそのまま書きつらねたことは一度もない。それでも、提出したものが一度で承認されることもない。必ず一度か二度は返される。

今回はバラモス討伐という偉業を成し遂げ、久しぶりに生まれ故郷へ凱旋した勇者が、その変わりようと人々の熱狂的な賞賛と崇拝に圧倒されて複雑な思いを抱える、というもの。

最初はそのテーマを知らなくて、もっと「平和を手にした人々の輝かしい笑顔を見て、勇者としてそれを取り戻せたことにこの上ない幸福を―」とかなんとか、単純で幼稚なものを書いた。もちろん本心ではなかったが、尋常じゃなく疲れていたからそれ以上考える気力がなかった。

そうしたら「もっと人間らしく思い悩む描写や、慣れない式典に疲れて多少批判的になっている節などを追加して欲しい」と言われた。
その方が現実感があって勇者に親しみを持ちやすいのだと。

こんな調子で“日記”には大嘘ばかり書かされている。最近は特にひどい。

最初にこれをやらされた時から違和感はあったが、今となっては当たり前のことだ。
俺自身――アレルという名前の一人の人間ではなく、「勇者様」という独り歩きを始めて久しい概念について、他ならぬ俺自身が捏造をしているのだ。

馬鹿馬鹿しい。

当然のことだが、誰一人として俺そのものになど興味はない。唯一引き続き居住を許されている母さんでさえ、完全な“作品”である俺の日記を見てそれを信じ込み、涙を流しながら俺を褒めた。

俺がその涙を見てどれほど傷付いたかなど、母さんにはわかるはずもない・・・。いや、これこそが俺の幼稚なワガママに過ぎないのだが。

母さんだけは騙されないと思っていた。本当の俺をわかってくれていると思っていた。
そんなのはただの幻想だった。都合のいい妄想だった。

そう、誰も。

俺のことなど知らない。知るつもりもなければ、知る必要もない。





・・・本当は、すっかり変わってしまった故郷を寂しくなんて思っていない。
むしろ喜んでいる。
理由は単純に、ひどく束縛された幼少時代を過ごしたこの街があまり好きではなかったから。

俺が子供の声を嫌う理由は、子供の頃自分には友達と遊ぶ時間など全くなく、日がな一日剣の稽古か魔法の勉強をするしかなかったからだ。
笑顔で町中を駆け回り、自由に思ったことを言い、自由に大人に叱られ、それでも自由に、実に楽しそうに過ごしている同年代の子供たちが・・・羨ましくて仕方がなかった。
まあそれでも「自分は特別なのだから仕方ない」と思い込むことで相殺できてはいたが。

そして旅立ち当時まだ俺は、世界中に何人もいる“勇者候補”の一人に過ぎなかったから、今と比べれば全くと言っていいほど注目されておらず、人々の接し方も全然違った。

その時はそれほど気にしていなかったが、今にして思えば何とも気にくわないものだ。
自分たちは何もしなくても、勇者の家柄に生まれた子供の邪魔さえしなければ、ほぼ安全が保障される。

何もしていないくせに。何もかも俺一人に任せて、背負わせて、何食わぬ顔で優雅にしやがって。
そのくせ特に俺を思いやるわけでもなく、それどころか腫れ物に触るように扱われた。

“勇者”なんておかしなシステムだ。守られているだけの立場の人間にはこの上なく都合がいいことだろうが、いい迷惑だ。

・・・いや・・・昔の俺はこんな風には思っていなかったかも知れない。
あの頃の俺は本当に何も考えていなかったから。“勇者なんだから仕方ない”・・・この魔法のフレーズで何もかもを処理していた気がする。

だんだんそれをおかしいと思い始めてからは、ひたすらに魔物どもを倒し、わかりやすく各地の王や統治者に恩を売ってその地域に俺の名前を染み込ませ、褒め称えられることで心の穴を埋めた。

もちろんそんな本心は欠片も表に出さず、どこでも一貫して“勇者様”でい続けた。正義と善の権化であるかのように振る舞い、尚且つ同時にどこか人間らしく可愛げのある人柄で貫き通した。

完璧でありながら人々を遠ざけすぎない絶妙な人格者を演じることは、元々どちらかと言うと馬鹿の部類に属していた俺には少し難しかったが、当然ながら徐々にそれなしではいられなくなった。様々な意味で。
旅を初めたばかりの頃は一切取り繕わず好き勝手に振る舞っていたから、もっと幼稚で頭が空っぽな、勇者とは名ばかりの小生意気なガキに見えただろうが。



・・・・同じようにこの“日記”は言うまでもなく、歴史の捏造だ。

俺は今日の凱旋式典で人々に圧倒されてなどいないし、その黄色い歓声の嵐を不快だなどと思ってはいない。
むしろこれ以上ないほどに心地よかった。いつもなら常人離れした聴力を持つ俺にとってあんな声量は地獄以外の何物でもないだろうが、今日は違った。

それしか言葉を知らないかのように「勇者様」と連呼する声も、少しでも近くで俺を見ようとお互い押し潰さんばかりにひしめき合っている姿も滑稽で、愉快で仕方がなかった。

命乞いをする奴隷のように一心不乱に声を上げて俺を崇め称える貴族や特権階級の人間たちを見ていると、思わず頬が緩んだ。だから面白半分に手を振ってやったんだ。

こういう瞬間だけは、勇者をやっていてよかったなと心の底から思う。


・・・そこまではよかった。城が一般開放されて民衆が馬鹿騒ぎしている間は、俺は上機嫌だった。
問題は日が落ちてからもう一度城に招かれ宴が行われた時のことだ。

旅に出る時に連れていた仲間の一人の姿が見えないと、王様に言われた。
ステラのことだ。

二度と彼女のことを思い出したくなかった俺は咄嗟に、気のせいですと答えてしまった。
・・が・・・王様はどうやら酒に酔っていたらしく、その不自然極まりない答えにも特に疑問を持ってはいないようだった。

まあそうでなくとも、王様は俺が嘘をつくなどとは夢にも思っていない。
王様だけじゃない。周りの人間はみんなそうだ。母さんも、一緒に旅をしている仲間達でさえ、俺の話を疑ったことなど一度もない。それは確実だ。

マリスもライドもカーンも、ステラが敵の攻撃から俺を庇って谷底に落ちてしまったという俺の作り話を心の底から信じており、疑う気配は一切ない。
当たり前だ、俺がそう思ってもらえるように振る舞ってきたのだから。

実際に彼女がどうなったのかは、実はと言うと俺も知らない。
まあ十中八九生きてはいないだろう。

・・攻撃力だけで俊敏性のなさを補うことが辛くなってきていたらしい。彼女はある戦いで致命傷を負った時、落胆しながら「もうあんたについていくことは出来ない」と俺に言った。

少し前から薄々勘付いていたので、俺はその申し出を快く承諾した。その場で。
彼女の代わりになる仲間は既に手配済みだったから。
魔王バラモスを倒しに行くために旅をしているのだから、そのための実力が伴わないのなら離脱してくれた方が有り難い。

彼女に持たせていたオーブや武器類を返してもらい、短く今までの礼を言ってから背を向け、俺は歩き出した。他の仲間達が戦いを続けている場所へと。

最後に視界に映った彼女は血だらけのまま、「信じられない」とでも言いたげな顔で俺を見ていた。
あの表情を思い出すと、今でもむかっ腹が立つ。
まるで俺がとんでもなく酷い仕打ちをしたかのようなあの目。今まで一緒に来てくれたことに対するせめてもの感謝の印として、何年かは何もしなくても暮らせる程度の金も渡したのに。

・・・まぁ、その戦いが終わった後で、彼女が自力で回復を行えないことを思い出したのだが。

あの傷のままでは恐らく、あの場から動くのは無理だっただろう。

俺はつくづく自分の頭の悪さが嫌になった。彼女に申し訳ないことをしたという気持ちもあるが、次に訪れる国か街で孤児のために寄付するはずだった金を無駄遣いしたことに、腹が立った。


・・どうやら瞬間的にムカついたのが顔に出てしまったらしく、すぐ近くにいるマリスが声をかけてきた。

ああ、知ってる。ずっと前からわかっている。俺と同い年のこの少女は勘が鋭く、頭もいい。
そして俺のことを好いてくれていることも知っている。お調子者のカーンに密告されるまでもなかった。俺の前でだけ声の調子や態度が変わるから。

ただ、彼女が好きなのは“俺”じゃない。
俺が演じている“勇者”だ。

「・・・気にしなくていいよ。王様だって悪気があって聞いたわけじゃないわ。あなたは悪くない」

「そうかな。・・俺があの時もっと正確に状況を把握できていたら・・・彼女は死なずに済んだかも知れないのに」

ムカついて眉間に皺が寄ったのを、マリスは俺が自分を責めているのだと解釈した。
今では俺が気を抜いて些細なミスをしたり、つい素の言動をしたりしても、周りが勝手にこれ以上ないほど好意的な解釈をしてくれる。まあそれもこれも俺自身の努力によるものだが。

心にもない言葉を返しつつ、俺は席を立って歩き出した。

「・・どこ行くの?」

「ちょっと一人になりたい。すぐ戻るよ」

大広間を出て、勝手口から城を出る。灯りのない裏通りを通って、誰もいないところまで行こう。

歩を進めるたびにじわじわと膨れ上がってくる嫌な気分・・・

・・・気にくわない。何もかもが。

俺は自分で、一度嫌なことがあるとなかなか機嫌が直らないたちだとわかっている。
だから、ただでさえイライラする要素で満ち溢れたあの広間にこのまま居続けても、何も良いことはない。機嫌が悪いのを周りに気取られたらと思うと、面倒で仕方がない。

大階段の下に眠そうな顔で突っ立っていた大臣が、一人で降りてきた俺を変な顔で見てきたが、何も言わずに出てきてやった。
・・そう言えば・・・明日は各国の要人を招いて改めて正式な凱旋式を行うとか言ってなかったか、あのオッサン。

ああ、面倒だな。面倒臭い。面倒臭い・・・。
気分が悪いと何でもかんでも嫌なことに思えてくる。

・・・気が付くと俺は街の外まで来ていた。かなり遠くの方に、見回りの兵士が持つ松明の明かりがぽつりぽつりと見えるが、ここなら誰にも気付かれない。


俺は木立の下で眠っている大鴉に歩み寄り、思いっきり蹴飛ばした。

今の俺にとっては全く相手にならないほど弱いそのモンスターは、バラバラに飛び散りながら木にぶつかり、黒い羽を舞き散らしながら死んだ。
紫色の血が地面に滲み出る。

少しだけ胸がスッとしたが、それはほんの一瞬のことだった。強く蹴り過ぎたせいで、鴉がぶつかった木が折れて倒れかけていることに気付き、うんざりしながら幹を掴んで大きな音を立てないよう地面に下ろした。

・・ここじゃ駄目だな。

俺はルーラを唱え、適当な場所に移動した。何も考えずに飛んだので、適当に頭に思い浮かんだ場所に着いた。そこがどこなのか確かめるのも面倒だったので、そのまま外門に背を向けて歩き出す。

生息している魔物の種類から見るに、ランシール大陸だろう。特に何もいい思い出はない。

とりあえず何の意味もなく、視界に入ってきたホイミスライムを地面に叩き落とし、痙攣している青いゼリー状の頭を踏み潰す。
何の手ごたえもなくて逆にムカついたので、近くにいるであろう彷徨う鎧を探す。ホイミスライムがいたってことは、あれもいるはずだ。

・・案の定だった。木の下でうろうろと徘徊しているそいつに背後から近寄り、拳を力の限り脳天に振り下ろした。
頭部の兜がひしゃげて、鎧が綻びながら地面に崩れる。

また一撃で倒してしまった、クソ。
イライラが募る。

もっと耐久力のある魔物がいる場所にしよう。


次に向かったのは、ネクロゴンド地方。
マリスにすぐ戻ると言ってしまったから、あんまり熱中しすぎないようにしないとな・・・でも今日のこのイラつき加減は尋常じゃない。

・・・そうだ、畜生。すぐ戻るだなんて言わなければよかった。心配そうな目で見てくるから、ついいつもの癖で相手の気持ちを第一にした言葉が口をついて出た。
すぐに戻ると言ってしまったからには、すぐに戻らないといけない。じゃないと心配をかけることになるし、何より俺が嘘をつくことがあるだなんて思わせてはいけない。

クソ。どうしていつまで経っても、俺は馬鹿なんだろう。
何も考えられない、キレイごとを並べて上っ面を取り繕うことしかできない、卑屈な出来損ない。
・・でもそれって、俺のせいなのか?

・・・・馬鹿。卑屈。出来損ない。・・・・・俺が?

違う。

悪いのは、俺じゃない。


出来損ないはオマエだよ!頭がお花畑のメルヘン女!!

てめえに都合のいいものだけ見て勝手に悦に浸ってんじゃねーよ、ちょっと魔法の覚えが早いからってスカしてんなよペンより重いモン持ったこともねーくせに、いらねーよ!死ねよ!

何が「あなたは悪くない」だよ、本当は全部知ってんだろどうせそれで俺が顔色を窺ってくるの見て内心いい気味だとか思ってんだろ、クソ!!クソッ!!!

馬鹿なことばっかり言って馬鹿なことばっかりしてる知恵遅れの脳筋野郎、お前も死ね!!少しは他人の心情を考える努力をしろよ、武術の技覚える前に正しい言葉遣いを覚えろよテメエのせいで何度俺が恥をかいたと思ってるんだよ!!だいたいオマエの声、うるせーんだよ!!

クソみてえに達観した根暗陰気野郎も死ね!そんなに贅沢が嫌いならその辺の雑草でも食ってろ、クソ坊主が!!

俺にすり寄って来るくせに俺の名前を覚えてないクソッタレ淫売女どもも、死ね!!
馬鹿みたいにデカいだけの下品な肉の塊ぶら下げて近付いてくんなよ、キモいんだよ!!
糞まみれの豚みてーな臭い撒き散らしながら、触ってくんじゃねーよ!!オマエラが視界に入るだけで吐きそうになるんだよ、豚どもが!!潰されて腸詰にでもされちまえ!!!

俺のことを国をデカくする道具としか見てない無能ジジイも死ね!!上から命令してあとは待ってりゃあいいだけの分際で、偉そうにしてんなよ!!

実の息子に何の興味も関心も持ってないエゴまみれのババアも死ねばいい!!
16歳の誕生日の前日、俺が死ぬのが怖くて泣いてたのも知らねーんだろ!!
俺のことなんて、自分をいかに献身的で熱心な良い母親に見せるかの道具くらいにしか思ってないくせに、今更母親面しやがって、何様のつもりだよ?
オマエ母親らしいこと何もしてねーだろうが!!!!


ムカつく!ムカつく!!ムカつく!!!

何か俺が悪いことでもしたかよ、ああ!?

死ね!!みんな死ね!!こんな世界嫌いだ!!

大ッッ嫌いだ!!!

死ねよゴミどもが!死ね、死ね、死ね、死ね、死ね・・・・・・!







・・・・・・・・・・・あ、しまった。

また森を更地にしてしまった。


・・・・馬鹿みたいだ。何やってんだろ、俺。

もういい加減、魔物や物に当たるなんて女々しいまねはよそうって決めたの、かなり最近なのにな。


俺はその場に座り込んで、盛大にため息をついた。

・・・でも・・・俺は頑張ったんだ。

不平や不満なんて一切口に出さず、常に優しい笑顔を絶やさずに。
まだまだ短いが、今までの人生で努力していない時間なんて一秒たりともなかった。俺が素の自分のまま、本心を誰かに語れた事なんてただの一度もなかった。

誰一人として、俺を“勇者”ではなく“アレル”として見てくれた人は、いなかった・・・。



・・・・でも終わったんだ。俺はちゃんと、役目を遂げた。バラモスを倒して、世界を救ってみせたんだ。
もう終わりだ、苦しいのも、辛いのも、ムカつくのも、今日で終わりだ。

・・・終わる、はずだ・・・・・。


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


・・・・はぁ。こんなに達成感も爽快感もクソもないのは久しぶりだ。
どうしてだろう。

なんで俺がこんな気持ちにならないといけないんだ?
なんで俺が人目を気にしながら、真夜中に一人でこんな馬鹿げたことをしないといけないんだ?

こんなにも良く出来た、全世界の理想と憧れの的である“勇者”のこの俺が。

・・・いや、やめよう。こんなところで何をしてもしなくても、何を思っても思わなくても、誰も俺なんかには見向きもしないんだから。考えるだけ時間の無駄だ。

・・・俺一人が割を食っていて不公平なのは今に始まったことじゃない。
仕方ない、そうさ、仕方ないんだ。

俺は“勇者”なんだから・・・・・・・。


「・・・・・・・・・・・」

ふいに、萎んで消えていった怒りが寂しさに変わった。


・・・・・いや、・・・一人だけいた。

俺のことを、“アレル”のことを知っていてくれた人が。

最後の最後まで、“俺”のことを思いやってくれていた人がいた。

・・・・父さんだ。

あの人だけは・・・俺の本質を知っていたのだ。
父さんがいなくなった今だから、大人になった今だから分かる。

剣術がなかなか上達しない時も、何度やっても魔法がうまくいかない時でも、父さんだけは厳しい言葉で俺を叱り飛ばしたりしなかったっけ。

それどころか笑顔で優しく励ましてくれたし、「やりたくないならそう言っていいんだぞ」とまで言ってくれたのを覚えている。

完璧にできなければ怒られるのは当たり前、人より優れていなければ駄目なのは当たり前だと思っていた当時の幼い俺にとって、そんな父さんの存在は異様に思えたものだ。

眠れなくて仕方なく夜中に教材の魔導書を読んでいたら、冗談っぽく笑いながらそれを取り上げて、代わりに不思議な香りのする焼き菓子を焼いてくれた。

基本的に家で出てくる食事も飲み物も好きじゃなかったけど、あれだけは本当に好きだった。
確か、イシス地方が原産の珍しい香辛料が使われてるとか。
お菓子なんか食べていることが母さんにバレたら怒られるから黙っているようにって、父さんは毎回言っていたっけな。


今思い返すと、父さんは俺が勇者の器じゃないことに、早くから気付いていたに違いない。

周囲の期待に応えようと躍起になって、一心不乱に無理な努力を続けていた俺を、心の底から心配してくれていたんだろう。

本当にただ一人、唯一、俺のことを理解してくれている人だった。


・・それなのに・・・・それなのに、俺は。

あの時。

まだ魔力は残っていた。治療できるだけの道具だって持っていた。
にも関わらず、何もしなかった。
わざと。

せっかくここまで来たのに、魔王を倒して真の英雄になれる時が目の前に迫っているのに・・・
先代勇者である父親の手を借りて戦っただなんて、自分の力だけじゃ魔王を倒せなかった
だなんて、そんなマヌケで情けない事実を作りたくない。

魔王を倒すのは、現勇者の俺だ。この俺なんだ。俺だけで十分だ。

危機感にも近いそんな思いに憑りつかれて、・・俺は父さんを見殺しにした。


とても辛かったし、今でも思い出すと心苦しくはある。

でも・・・後悔はしていない。決して。
だってあの時父さんを助けて一緒に戦っていたら、俺は勇者のくせに敵に自分の力で立ち向かわなかった臆病者だという記録が、後世まで残ることになったんだ。

想像するだけで恐ろしい。


・・・仕方なかったんだ。

父さんがまだ生きていたとわかった時、俺がどんなに嬉しかったか。

あの時の涙だけは、嘘じゃなかったんだ。演技じゃなかった。

なのに・・・・・


・・・違う、俺のせいじゃない。
俺は父さんに死んで欲しくなんてなかった、当たり前だ。

けど生きていられるわけにはいかなかった。俺が今まで積み上げてきたものが、何もかも無に還ってしまう。そんなの耐えられなかった。

だから、俺が悪いんじゃない。

悪いのは俺にそんな考え方しかできないように洗脳し続けてきた周りの大人たちと、この世界そのものだ。

父さんを殺したのは俺じゃない。

この世界だ。

この理不尽で、無責任で、利己的で不条理なこの世界だ。


俺は悪くない。だって勇者なんだぞ?

勇者が悪い人間なはずないじゃないか。

悪い人間が勇者になれるはずないじゃないか。


俺のせいじゃない。俺は悪くない。

俺は。・・・俺は・・・・・・・・


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


・・・・いけない。長居しすぎた。早く戻らないとマリスに疑われてしまう。

俺は嘘をつく人間なんだと。
ずる賢い人間なんだと。
醜い偽善を振り翳す利己的で最低なヤツなんだと。

悪い人間なんだと、思われてしまう・・・・。


「・・・・・・・・・・・・・・・・」



ルーラを唱え、アリアハンに戻る。

故郷であるはずの街が、その向こうに聳え立つ見慣れた城が。



まるで俺を飲み込もうと待ち構える、醜悪で強大な魔物のように見えた。
































あとがき


誰がどこからどう見ても完璧な勇者。非の打ちどころのない優等生。
世界中がそう信じて疑わなかった伝説の勇者の、ドロッドロに濁った心の内でございます。
確かに非があるのは周りの環境だよね。

だがしかし。

あえて言おう、カスであると。


アレル様の上辺の口癖は「君は悪くない」。

そして脳内口癖は「俺は悪くない」。

嫌なこと、後ろめたいことは全て他人に責任転嫁。
これは良くないことなんじゃないかと自覚を持ちながらも自分は悪くない、周りがそうさせるんだ、周りが悪いんだ。
以下無限ループ(笑)

典型的なクズです。

異説1の後編(ソロ編)では、ソロにもヒステリックな発作を起こさせて汚い言葉をたくさん喋らせましたが、彼の罵詈雑言はすべて、自分に向けられています。
対してアレル様のそれは、余すところなく周りに向けられたものです。

ソロが「自分だけを憎んでいる」とすれば、アレル様は「自分以外の全てを憎んでいる」ですかね。ただしソロのそれが彼の自分勝手な思い込みであることに対して、アレル様の場合は紛れもなく育った環境のせいです。

言い方を変えれば、

ソロ→「不当な理由で自分以外の全てを愛している」
アレル様→「正当な理由で自分だけを愛している」

とも言えます。

どっちがより迷惑でしょうかね・・・(笑)




異説3では、ドラクエ6本編のエンディング直後のレックの暮らしをやろうと思ってます。
この調子で主人公たちのゲーム以前の様子を描いていくつもりです。

※異説1(ソロとレックのあれこれ)がどういうわけか削除されました(笑)
引っ掛からないようにかなり控えめな表現にしたつもりなんですがね・・・・

お手数をお掛けしますが、ピクシブの方でご覧ください。

こちらです