・・・・・・・・・・その夜、ボクは夢を見た。

どこかの地下通路みたいなところを、ひとりでひたすら進んでいく夢。
どこまでも続く、寒くて薄暗いその道をいつまでもいつまでも・・・・・・・・・・。

どんなに進んでも、出口が見えてくる気配はない。
永遠に続くのではないかと思うほど長かった。

しかしその通路は突然、行き止まりになる。
・・・その壁には・・・・・・・・・・・血で真っ赤に染まって、見るにも堪えない苦悶に歪んだ表情のムーンが・・・いや、ムーンの顔が。
釘のようなもので壁に打ち付けられている。
輪郭に沿って、何十本もの釘で壁に貼り付けられている・・・。

その周りには2本ずつの手足と胴体がバラバラに、同じように打ち付けてある。

・・・・・・・そんな光景を目の前にしても、ボクは膝を折って座り込んだりなんかしなかった。
泣きじゃくって大声を上げるなんてこともしなかった。

ただただ、静かにムーンの目を見つめていた。
涙なんて出てくるはずもなかった。

・・・・・・・・・・・ボクは、どうしてこんな無残な姿のムーンを見ているんだろう?
どうしてムーンがこんなふうになってると思うんだろう?

ムーンが死んだとわかったとき、悲しみすぎて頭がどうにかなってしまったんだろうか。
それとも、これがムーンの最期の姿だったとでも言うのか・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・あ・・?


―――本当に知りたいのなら教えてやるさ。ただ、もう少し時間が経ってから・・・な


・・・・・・・・・・・・・・そっか、そういうことか。
さっきまでのあの地下通路は、ボクにムーンの死んだ姿を見る覚悟が本当にあるかを試すためだったんだ。
そしてなんでこんなことになったのかも、いずれ・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・。

――――――
――――
――



━─━─第十一話 Undermine


4日目 11時31分 ―エイト―


僕たちはあの後、悲しみに暮れながら屋敷を後にすることとなった。
もう玄関扉は開かないので、どこか他の場所へ移動するしかない。
・・・・・・仲間が死んだのは悲しいことだ、とても。

そんなに頻繁に話したわけでもないけど、ムーンさんは・・・・・・
・・・・・・・。・・・何の罪もない人だったろうに。
どうして命を落とさねばならなかったのか・・・・・・・・・・・・・。

一体、屋敷の中で何があったのか。

レックさんは、何も訊ねても一向にこれといった答えを出してくれない。
曖昧に相槌を打ったり、適当に話をすり替えたりして、彼女の死については何も喋ろうとしなかった。
彼はきっと、ムーンさんの死に様を目の当たりにしたに違いない。
・・ショックが大きすぎたのだろう。このせいで戦闘に影響が出なければ良いのだけど。

ソロさんは最初からあてにしていない。・・どっちかと言うと彼にはあまり関わりたくないのだ。声をかけたくない。

だから唯一まともに答えてくれそうなロトさんに訊いてみたのだけど・・・
なぜか怪訝そうな顔をされた。
今するべき質問じゃないだろうともっともなことを言い、やはり何も教えてはくれなかった。

確かに少しばかり不謹慎だと自覚してはいる。
でも、知っておかなければならないはずだ、仲間として。
もう少し時間が経ってショックが薄れてから・・・というのなら頷けるが・・
あの様子だと、たとえこのゲームが終わっても話してはくれないだろう。

一体、なぜ?

話さないということは、話してはまずいことになるからだ。
ゲームの進行に支障が出ると踏んでいるのだろう、でもどうして話すとゲームが動きづらくなるんだ?
可能性が高そうなのは仲間が分裂してしまうことだ。心が離れてしまっては、このゲームがうまくいくはずもない。表面だけの協力でことが成功したためしはないのだから。

真実を明かすと、仲間が瓦解する恐れのあること。
それはすなわち・・・・・・・・・・・

ムーンさんが誰かに殺されたという真実。
あの3人のうちの誰かに。

・・・・・・・そうでなければありえない。あの3人以外は、間違いなく屋敷の外にいたのだから。
トラップや事故でというなら、あれほどまでに言うのを渋る理由もないだろう。
しかしあんなにあからさまにしていては・・・みんな気付いてしまうはずだ。僕のように。
それでは結局僕たちはどうなるのか。

いずれ、誰かが追求を始めるだろう。彼らだって僕らと共に生き残ろうとしている以上、話さなければならなくなる時が来る。
仲間が1人死んだのだから。
人の命が、失われたのだから・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・そう言えば・・・・・・・・・。

僕は自分に起きている、ある異変に気付いた。
ムーンさんが、共に生き残るはずだった仲間が死んだのはとても悔しく、悲しいことだ。
それは充分わかっている、悲しんでもいる。

なのに・・・・・・・・・・・・・

心が動かない。

悲しいと思っているのに、いつもはそう思うと流れてくるはずの涙も、あの胸が重くなって何もしようと思えなくなる感覚も・・・・・・訪れない。

「悲しい」とは思っていても、胸の奥のほうにある核のような何かは・・いつもと何ら変わらずにそこにあるのだ。
精神的な疲労で一時的に感情が麻痺しているんだろうかとも思った・・・・・だけど、それは違う。

泣き疲れて意識を失ったサマル君を見て、わかってしまった。

僕はムーンさんの死を心から悲しんでなどいない。

むしろ心のどこかでは、プレイヤーが死んだことでゲームがちゃんと進んでいるのだと判断し、安心さえ・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・おかしい、どうしてだ・・・?

世界を救うために旅をしていた頃の感情が戻ってこない。
人の死を純粋に悲しむことができない。

こんなのおかしいじゃないか・・・・・・まるで・・・まるで・・・・

人の命の重さを忘れてしまったみたいに・・・・・・――
長い旅を経て心に刻み込んだ命の大切さ、守るために戦うことの尊さが・・・。

・・・・・・・・・・・・・理解できなくなっている・・・・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・僕は・・・・・僕は、・・・・・・どうして・・・・・・・・・・?

・・・・・・・・・・・・・いや、違う。きっと疲れてるだけだ。やっぱりこんな状況のせいで心に悲しむ余裕がないんだ・・・そうに決まっている。
そうだ、だからこんなふうに不安になるんだ。僕は人の命がどんなに重いかちゃんと理解している。当たり前じゃないか。

・・・・・・心なしか呼吸が早くなってきている気がする。
心臓の鼓動が早まる。

ああ、どうしてだ。なんでこんなに不安になるんだ・・・・・
・・・・・・・・僕はこんなに心の弱い人間だっただろうか・・・・?

・・・・違う、・・違う・・・・・・・・・・!
僕は・・・・・・・弱くなんかない。

実際に死を目の当たりにして、少し動揺してるだけだ。大丈夫だ・・・・・ほら、涙だって出てきたじゃないか。・・・ははは、僕は悲しんでる、ムーンさんの死をちゃんと悲しんでる・・・・・・・・・・・。

大丈夫だ・・・・・・・・・・・・・・・・・。

――――――
――――
――


・・・・・・・・たどり着いたのは、あの屋敷をひとまわり小さくして色遣いを変えたような屋敷だった。
これまでにはなかったものだと全員が頷いた。

ここが新しい拠点になるのだろう。

・・・・・・・・中は、前に比べたらこじんまりとした西洋造りの部屋だった。
広い玄関ホールやシャンデリア、赤いカーペットつきの階段などといった仰々しいものはなく、シンプルなリビングルームとそれぞれの寝室など、それとあまり広くはない吹き抜けの2階があるだけだった。

1階のリビングの奥のほうには背の高い本棚がずらりと威圧感を放っており、閲覧用の机と椅子がいくつか並べられている。
机の隅には羽根ペンとインクも置いてあった。

・・・・・・・・・・ムーンさんが死んだ途端に現れたこの屋敷。
ゲームの進行条件に死者の有無や数は含まれないんじゃなかったのか・・・・?

・・いや・・・偶然だろう。たまたまタイミングがあっただけ。そうだ。

屋敷に入ると、一番最初に目に入ったのはやはりあの本棚群だった。
・・僕は吸い寄せられるようにそれらに近づいていった。

別に本が読みたいわけじゃないのに、なぜだろう。

・・・・暫くの間、何をするでもなく本棚を眺めて回った。
・・10分くらいそうしていただろうか。ふと、ある1冊の本に目が止まった。

くすんだ紺色の革の表紙。他の本と違ってまだ人の手に取られたことがないかのような、小さな傷ひとつない新品の本だった。

手に取ってみる。

・・表紙には、堅い文字で「見捨てられた異端児たち」と書かれていた。


・・・・・・・・・・・・・・最初は、世界に存在する様々な生物と人間を対比した記録を綴ったものなのだと思った。
それぞれの特性や生態に関する論文のような文章が長々と書かれていたからだ。
しかし、半分位を過ぎると内容は徐々に変化しだした。

それらの生物と、人間の間に生まれた生命についての研究や、その特性を調べ上げて記したものに・・・。
中には、自然にはありえないような新生物や魔物との交わりなど、人工的にそういった生物を生み出したという記録もある。

・・・吐き気がした。

それを見ていたくなくて、思わず何ページも飛ばしてしまった。
・・するとそのページには、竜神族に関する研究記録が載っていた。

一瞬、体が固まった。

・・・僕は自分が竜神族と人間のハーフであることを、まだ誰にも言っていない。
そしてまだ誰にも言う気はない。
どうして今この瞬間、狙ったようにこのページを開いたのだろう・・・・?
これも偶然だと言うのか。

竜神族:竜と人の2つの体を持つ長寿の種族。外見はほぼヒトと変わりないが耳に当たる部分が竜のヒレのような形状をしている。随意に竜の姿になることができるようだが、そのメカニズムは解明されていない。ヒトと非常によく似た感情性や理性を持ち、ヒトと共通の言語を多用する。各々の神に対する信仰心が厚いことでも知られている。
本来はヒトとは関わることのない種族だが、我々の実験以外でも自然にヒトとの混血が誕生したケースが何件か報告されている


・・・・・・・・・・・・・・・・・。

混血種:一般に、竜との混血を示すミクスタクム・ディーレ(MA.d)と呼ばれている。
また、血液の濃度により混血種の外見が変化することもわかっている。このデータは細胞採取からの血液濃度操作実験による賜物で、自然のものを観察するだけでは得られなかったものである。混血種にはヒトの細胞を摂取させることで、外見を完璧な人間に近いものにすることができる


・・・・・・・・この本はおそらく、僕らの生きる世界とは違う次元のものなのだろう。
挿絵はよくわからない機械や道具、聞いたこともない―おそらく薬物のものと思われる―名前、身体の部位の名称などがびっしりと書かれた意味不明なものばかりだ。

この本の著者は研究の成果や実験の結果を、このようにして綴って・・・一体何に使うつもりだったのだろうか?

読めば読むほど気分が悪くなってくる。
次のページを開いた。


・天に生きる者との混血
飛燕竜や神に近い生物とヒトを交わらせることは不可能であった。
そこで、比較的ヒトに近い姿をしており、地上からの高度もさほどない空域に住む者との生成を試みたところ、驚くべき発見があった。

天空人:天使の如き翼と卓越した寿命を持つ種族。ヒトの背中に翼をつけたような姿をしており、浮遊及び飛行が可能。限られた一部の者はヒトとは比べ物にならない知力を持つと言われている。一昔前まではオリジナルの言語を使用していたが現在はヒトと共通であるようだ。

混血種:一般に、天の者との混血を示すミクストム・ヒズ・カエリ(MThK)と呼ばれる。
血液の濃さによって外見が変化することはあるが、翼によって浮遊・飛行するなどの能力は備わらない。が、MA.d同様ヒトの何十倍もの寿命を持つ。

しかし、特殊な例によりその特性は大きく変化することがわかった。

一部の卓越した頭脳を持つ者との混血を試みたところ、突然変異種が誕生することがわかった。

突然変異種:ミクスタ・メティクローサ(MT.kWS)
“恐るべき混血”を意味するこの学名は、実際にそれを目にした生物学者が名づけたものである。
彼らは


ソロ「よう。何の本読んでるんだ?」

エイト「!!」

反射的に本を閉じてしまった。

エイト「・・ぁ・・・ああ、ソロさん・・・・・。
いえ、これは・・・・・・」

少し考えてから、

エイト「・・生物学の本ですよ。僕にはあまりよくわかりませんでしたが」

笑顔を作って言った。

ソロ「ふうん・・・」

・・・・・・なんでいきなり僕に話しかけてきたんだ?
何か用があるのか?

ソロ「調度いい。ちょっと貸してくれないか?その本。調べ物をしてるんだ」

エイト「ええ、いいですよ」

本を手渡すと、軽く礼を言って向こうに歩いて行った。

・・・・・・・・最初からこの本を取りに来たとしか思えなかった。
どうせ僕が何の本を読んでるかわかってたんだろうが・・・・・・・・・・。

――――――
――――
――

4日目 14時22分 ―レック―

突然、ソロがみんなをリビングに集めた。
重要な話があるとのことらしいが・・・・・・・・・

アレフ「明日・・・ですか」

アベル「平気なのかい?随分調子が悪かったみたいだけど・・」

サマル「うん。・・もう大丈夫」

アレン「・・・・・・・・・。」

ソロ「まあ、始まったら体調がどうのこうのなんて言ってられないから安心しろ」

少し嫌味気味にソロが言う。

アレン「そんなに強い魔物と戦うのか?」

ソロ「いいや、魔物じゃない。そうだな・・・強いて言うなら“自分自身の恐怖”との戦いか」

アルス「ねえ、一体何があるの?」

ソロ「それは今言っても何にもならん」

初日からその存在がほのめかされていた、「トライアングルの中心」。
ソロは明日、全員でそれに挑むことを提案したのだ。
武器や道具は何も持っていかなくていいらしいが、一体何をするって言うんだ?

ソロ「・・言わないほうがうまく進むんでな」

ソロが小声でそう呟いたような気がした。
・・・オレは隣にいるソロの横顔が、微かに硬くなっていることに気づいた。

ソロ「はっきり言っておく。死者は免れない」

その一言に、その場の空気が張り詰める。

アレン「どういうことだ?戦いもしないのに命を落とすのか?」

そんなのありえないだろう、とでも言いたげにアレンが身を乗り出す。
ソロは腕組みをしたまま、目を細めて遠くを見た。

ソロ「どうかな?人間なんて案外さっくりと死んじまうものだぜ」

・・・・何なんだ?トライアングルの中心ってのは・・・・・

ナイン「・・・・・トラップをくぐり抜けていく・・とか・・・・?」

レック「・・ああ、確かにそれっぽいな」

迷路の中に、引っかかったら即死!みたいな罠がそこらじゅうに張り巡らされてて、それらをかわしながらゴールまで行かなきゃならないとか?

アルス「でもそれだったら、“自分自身の恐怖”とは戦わないだろうし・・ものによっては武器とか道具で解除できたりするんじゃないかな。だって何もいらないんでしょ?」

ああ。そうか・・・。

じゃあ、あの扉の中にもまた別のエリアがあって、そこから脱出しないといけない・・・とか。
あ、でもそれだと生き物的なものとは戦わないってのに当てはまらないような気もする。
トラップは解除できる可能性もあるんだし条件に合ってない。
制限時間以内に出られないと死ぬとか?
あ・・でもそれだったらみんなで固まってりゃ済む話じゃねえか。

あーくそ、だめだ。わかんねぇ。

オレは解答を求める眼差しでソロの方を見た。するとソロもオレをちらりと見やり、「まだわからないのか」とでも言いたげにため息をついた。
そして席から立ち上がると、

ソロ「話はそれだけだ。細かいことは明日また話す。
あれは事前の準備とか個人個人の能力なんてものが通用しないからな」

そう言ってすたすたと部屋の方へ行ってしまった。

まああいつの態度が基本的に素っ気ないのは今に始まったことじゃないが・・・
ひとつ気になったのはソロが話している途中、何度か咳き込んだり、腕や肩を抑えるように触っていたり、不自然に曲げ伸ばししたりしていたことだ。

――――――
――――

・・・・・・・暫く時間が経った。
時計を見ると、午前2時を回っている。

オレは、まわりに誰もいなくなったのを見計らってキッチンに向かうと、包丁を手に取り刃の部分に適当な布を巻いた。
それを服の中にしまい、誰ともすれ違わないことを祈りながら静かに廊下を歩いていく。

なるべく音を立てないように扉を開けると、部屋に入って・・・鍵を閉める。
そして奥にあるベッドに近づきながら、包丁を取り出し巻いてある布をほどいていく。

ベッドで眠っているのはソロだ。

本当はこんなことしたくなかった。
だけど仕方がないんだ。誰かが助けてやらないと。
オレがどうにかしてやらなければ・・もう人殺しをさせるわけにはいかないのだから・・。

オレにしかできないんだ。

包丁を持ったまま歩み寄り、すぐそばまで行く。

レック「・・ソロ、ごめんな」

――――――
――――

4日目 19時12分 ―ロト―

トライアングルの中心。死者は免れないという、この第1ステージのメインイベント。
武器も道具も何も必要ない、戦闘することもない、トラップがあるわけでもない。
それでいて、必ずや俺たちに地獄の苦しみと死の危険を与えるであろうという。

死者は免れない・・・か。それが最初からわかっているのに何も対策を取らないわけにはいかないな。当然だ。

かと言って、具体的に何をすればいいのかもはっきりとはわかっていない。
トライアングルの中心が一体何なのかもわからないのだから・・・命を最優先にしろ、と助言するくらいしかないんじゃないのか?

いや、何かもっとできることがあるはずだ。するべきことが。

だが・・・・・・

ロト「・・レック?」

レック「・・・・・・・何だ?」

レックの顔色がまた変わっている。
さっきまでの疲れ果てたようなものではなく、何かを決心し覚悟したかような・・・緊迫した、思いつめた表情だった。

ロト「どうしたんだ?やっぱり休んでいたほうがいいんじゃないのか。だいぶ疲れただろ」

レック「あぁ・・・うん。そうなんだけど・・」

ロト「あいつが心配なのか?」

そう言うと、レックは少し目を伏せて微笑んだ。

レック「わかったんだ、オレ。ムーンが死んじまった理由。・・・わかっちまったんだ」

・・・・・・・・ソロがどうしてあんなふうになったか・・・・・・・・・
実は俺も薄々気付き始めていたんだ。彼の言動や仕草の不自然さから、あるひとつの可能性にたどり着いた。
・・あの壁の薄気味悪い落書きの犯人や、あのトラップ時に見た人影の正体と。

俺たちがゲームを始める前から、廊下の照明を消し、本棚に地図を用意し、鍵を用意し、注意書きに沿って俺たちが進みやすいように準備をしてくれたのは・・


同一人物なのだと・・・・・・・・・・・・・・・・・。


あの時、扉の隙間に見たのは幻覚などではなく、紛れもない彼自身だったのだ。
時系列的にもそう考えると全てに筋が通る。通ってしまう。

だから、わかってしまった・・・・・。

俺は何も言わずに視線を下げ、胸を締め付ける後悔と悲しみに耐えた。

レック「オレが助けてやらないといけないんだ。もうあんなふうに誰かが犠牲になったりしないように・・・終わらせないといけないんだ」

その目は絶望に染まりながらも、決意に満ちていた。
俺はその言葉の意味を理解した。

ロト「・・・わかった。俺はお前もあいつも責めるつもりはない。ただ、もう二度とあんなことが起きないように願ってるよ」

――――――
――――

5日目 02時01分 ―レック―

オレはソロに向かって静かにマホトーンを唱えた。
そして包丁を構えたまま膝立ちになり、ソロの目の前に刃を翳した。
よく見えるように。

そして一度深呼吸をすると、包丁を持っていない方の手をソロの額に添えた。

レック「・・・・オレの声が聞こえるか?聞こえてるなら、どうかオレの前に出てきてくれないか。
お前と話したいことがある」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

レック「・・・聞いてくれ。お前のためでもあるんだ、ロベルタ」

しっかりと少し強めに語りかける。
しかし、あまり大きな声を出すと他の奴に聞こえるかも知れないから声は小さめだ。

少しして、ソロの瞼がゆっくりと上がる。下を見たまま何度か瞬きをし、視線をほんの少し上げて――硬直する。

目の前にはぎらりと光る銀色の刃があるからだ。

ソロは顔を上げ、睨みつけるように見下ろすオレの顔を見つめた。

レック「動くなよ。妙なことをしようとしたら殺すぞ。魔法は封じてある」

自分にできる限界まで冷たく、凄むような声と表情を作る。
・・が、やはり胸が痛い。

こんな脅すような真似はしたくなかった・・・きっと後悔するに違いない。
だけど、やらなきゃいけないんだ。
これ位で泣き言なんて言っていられない。

すると、ソロは・・・いや、ロベルタは、声もなく唇をにいっ、と片方だけ吊り上げて笑んだ。
ソロがよくやるやつだ。

ソロ「・・・殺す?・・お兄さんが僕を?・・・・・ふふふふふ」

動くなと言ったのに気にすることなく、オレの顔を指さして言った。

ソロ「そんなことできないよ。誰にも僕を殺すことなんてできない。僕は死なないんだから」

凶器を目の前に向けられているというのに、全く怯む様子もない。
それどころか目を輝かせて、嬉しそうにすら見えた。

ソロ「それにお兄さん、それ使う気ないんでしょ?わかるよ。この体はお兄ちゃんのだもん、傷なんてつけられないよね」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

ソロ「・・・・・別に何もしないよ。それ下ろして」

おどけるように笑って言うロベルタの表情は、ソロが気を抜いている時に見せる笑顔とよく似ていた。
オレは包丁を逆手持ちにしてとりあえず下ろした。

レック「・・・・・・・・お前の言う通りだ。オレにはソロの体を傷つけることなんてできない。わかってるさ」

この程度の脅しが効く相手かどうかも薄々は気付いていた。

レック「どうしてお前はここにいるんだ。なぜ・・・お前は生まれた」

まずこの答えを聞かなくては。予想が外れていたら、嬉しいんだが・・。

ソロ「ふーん、そういう聞き方なんだ。じゃあわかってるんだね。頭のいい人ほど引っかかりやすいと思ってたんだけど・・・お兄さん、すごいよ?」

・・・・当たっていたか・・・・・・。

ソロ「他の人だったら多分こう思うだろうね。
僕は手違いでお兄ちゃんより早く生まれちゃって、たくさんの人を殺してから自殺したっていう話を信じて・・・霊体になった僕がお兄ちゃんの体に乗り移ってるってさ」

レック「実際オレだって途中まではそう思ってた。ソロはどうあってもまだ本当のことを話す気はないらしいし・・でも、子供の笑い声が聞こえたって打ち明けた時にソロが言ってたことの意味がやっとわかった。シンシアさんの言葉の意味も理解した」

ソロ「・・・それで、どうするの?僕を消す?でも今のお兄ちゃんは僕がいなくなったら生きていられないよ、きっと。そのために僕がいるんだから」

レック「・・ああ、わかってる」

ソロ「・・・・・驚かないんだね」

レック「・・?」

ソロ「お兄ちゃんからは、僕は随分と小さな子供だって聞かされてたでしょ?7歳位の」

レック「そうだな。それはオレの話と辻褄を合わせようとしたんだろうな・・・オレが笑い声のことを話すことを知ってて」

ソロ「で、なんで僕がこんなふうに話せるかもわかってるんだ」

レック「・・最初にあんな喋り方だったのはオレを試してたんだろ。・・ソロが嘘を言うことを前提でオレは話を聞いてたんだ」

ソロ「そっか。じゃあ騙してたみたいなものだよね」

・・・少しばかり罪悪感があるが、このことに関して後悔はしていない。
ソロは自分からは決して弱みを見せるタイプではないからだ。

ソロ「でもわかってないところもあるんでしょ?お兄ちゃん、全然自分のこと話してないみたいだし」

レック「・・・・・まあ、そうだな」

ソロ「だったら僕が教えてあげるよ。なんで僕が生まれたのか知りたい?」

レック「・・・・知らなきゃ話になんねえ」

ソロ「ふふ、いいよ。お兄ちゃんが話さなかったこと、全部教えてあげる」










あとがき

レック、アホに見えて実はかなりの策士家です。
いよいよソロとロベルタの真実が明らかになるわけですが・・・

ここで一度、ここまでのお話をさらっと読み返してみてはいかがですか?
ロベルタの言った通り、話の矛盾点や引っ掛けがたくさん見つかるはずですよ。

是非推理してみてください・・・次回を見る前に、ソロとロベルタの秘密が意外と簡単にわかっちゃうかも知れません。




ヒント→ ロベルタがいないとソロは通常運営できません。