幸子は怪訝な顔をして老婆をもう一度よく見た

老婆 「意味がわからない、と言った顔ね」

老婆は声を張り上げるでもなく、淡々と話を続けた

家路を急ぐ人たちのザワザワとした足音でもハッキリと聞こえる声

それはまるで、そこだけが別の空間であるかのような不思議な感覚

幸子は引きこまれるように老婆の声に耳を傾けた

それは、最初「怪しい」と思っていたことすら忘れる居心地の良さを感じつつ



老婆 「少し場所を移して話をしてもいいかしら?」

幸子はこの提案にすんなり頷いた

自分でもどうしてかは判らなかったが

老婆の話を聞かなければならない、という衝動に駆られたのだ



幸子 「じゃあ、そこのカフェでいいですか?」

近くにあるチェーン展開しているカフェを指差し、老婆を見た

老婆 「いえ、あちらにしましょう」

老婆はそこから50mほど先にある古い喫茶店を指差した

そこは普段から客がいない為、幸子も一度も行ったことのない場所だった

幸子 「あ・・・別にわたしはどこでもいいですが」

老婆は幸子の返事を聞くでもなく、その場の荷物をいつの間にか片付け終わっていた



老婆と幸子は並んでその喫茶店に向かっていた

5分も経たずに店の前に到着し、老婆は躊躇することなく店の扉を開けた

幸子は少し足を止め、喫茶店の入り口付近をボーっと見ていた

幸子 「ここって・・・」

昔、来たような懐かしい気分になったが

看板には「喫茶 琥珀」と書かれてありその名は聞いたことがなかった

老婆 「どうしたの?入って」

老婆は笑顔で幸子を招いた

その笑顔は幸子の警戒心を全て取り除くかのような

まるで魔法にかけられたような気分になった
真田正一はその日

突然の雨に降られてコンビニに駆け込んだ

にわか雨のようなので、しばらく立ち読みでもしてやり過ごすつもりでいた

特に興味のある雑誌はなかったものの

「男の必須アイテム」などと書かれた雑誌を手に取ると

パラパラとページをめくり

時にはじっくりと読んでみたりしていた





どのくらい経っただろうか

ふと雑誌から目をあげると雨は止んでいた

真田正一 「さ、行きますかっ」

誰に言うでもなく、小声で独り言を言い雑誌を棚に戻す

すると・・・

「すみません」

隣にいたであろう女が声をかけてきた

実際に隣にいたのかどうかは定かではない

女 「真田くんじゃないですか?」

いきなり知らない女から名前を呼ばれて動揺する

真田正一 「え・・・えっと・・・」

女の顔をまじまじと見るものの、全く見覚えがない為

ごまかすように鼻を掻く

女 「あ・・・わかりませんよね。わたし児玉香奈です。」

児玉香奈・・・児玉・・・「こだまかなっ!」

思いだした

真田正一 「え・・・あの児玉っさんですか?」




児玉香奈とは高校卒業以来、会っていなかった

彼女の印象・・・といってもそれ程覚えてはいないが

同じクラスで優等生、いつも髪を後ろで束ねて大人しい印象

真田正一とは全く別次元の人であったことは確かである

そんな彼女が今、目の前に違う女のように立っている

児玉香奈 「あ・・・レーシックしたから眼鏡じゃないんだ」

児玉香奈は照れ臭そうにうつむき、キレイに伸びた黒髪を少し触った

真田正一 「ああ、別人かと思ったよ。オレにこんな美人の知り合いいたか?って思ったし。」

と言った瞬間、「昔は美人じゃなかったって言ってるようなものだ。」と思いハッとして児玉香奈を見た

幸い児玉香奈は何も思っていないようで

児玉香奈 「こんな所で偶然に会うなんてビックリしたよ。」

10年以上会っていない同級生に会ったことに興奮しているようであった




お互いに懐かしさと妙な気恥かしさもあり

少し会話をすると、どちらからでもなく「とりあえず、連絡先交換」

こういう時の「また連絡するね」は当てにしない方がイイというのが真田正一自身わかっていた

今までも連絡先交換をして、使われずにいる電話帳が何十件と携帯のメモリにあるのか

たまにメモリを開いてみても、顔すら覚えていない人の電話番号

でも未だに消去できない自分もいた

数ヵ月後には児玉香奈の連絡先もこうなるのか・・・とむなしく感じながら

「じゃあ、またね」と手を振っていた

それが、まさか数時間後に連絡がかかってくるとは思いもせずに






幸子はその日、残業の疲れもあってか下を向いて足早に駅に向かっていた

駅までの行動は機械でもあるかのように流れ作業のごとく足が動く

いつもと変わらない風景

いつもと変わらない人の流れ

その日違っていたのは、地下鉄の入り口に座る老婆の姿ぐらいであった



幸子はいつものように地下鉄に入る前に定期券を鞄から取り出す

周りの人は地下鉄に吸い込まれていくかのように次々と入っていく

幸子もその波に入ろうとした時だった

老婆 「ちょっと、そこのお嬢さん・・・」

一瞬、足がとまる幸子

周りを見渡しても女性の姿は幸子ひとりであった

幸子はその老婆の身なりがあまりにも奇妙でその場を過ぎ去ろうとした

老婆 「木村幸子さん、1986年12月7日生まれ、母親は10歳の時に他界、今は父親と二人暮らし、しかし父親は無類のギャンブル好きで家計はあなたが支えている、兄弟はおらず一人っ子、彼氏は・・・」

老婆が話を続けることを遮って幸子は歩み寄った




幸子 「あなた!誰なんですか?どうしてそんなこと知ってるんですか!」

半ば掴みかかりそうになりながら早口で問いただす

老婆 「知っていますよ。あなたのことなら何でも。」

幸子 「調べたんですか?どうして?わたしのことを調べたって何も得なんかないじゃないですか!」

そうなのだ・・・

幸子は普通の会社員

中の上くらいの会社で、事務職を淡々とこなすだけの至って普通の人間なのだ

老婆 「調べる?そんなことしていませんよ。ただ、あなたの使者となってここにいるのですから。」

幸子 「使者・・・」

幸子は苦笑いをしてその後思わず「ぷっ」っと吹きだしてしまった

都会には変な人がたくさんいる・・・

そう思わざるを得ない答えだ



老婆 「あなた、今付き合っている彼氏がいますね。」

老婆は幸子のバカにした笑いを気にもせず話を続けた

幸子 「え・・・?」

幸子は不気味だとは思うものの、自分のことをあまりにもよく知っていることの真相を確かめようと老婆と少し話をすることにした

幸子 「確かに、いますけど・・・」

老婆 「彼とはもう3年の付き合いになるわね。」

また・・・どうしてわかるのだ

幸子 「そうですが・・・」

老婆 「彼との結婚は諦めなさい。」

幸子 「は?」

すでにプロポーズをされていて、来年結婚する予定なのだ

幸子 「彼が結婚してくれないって思ったんでしょうけど、残念でした!来年結婚しますよっ!」

幸子は「勝った!」という顔で老婆を見降ろした

老婆 「ええ、だから止めなさいと言ったのですよ。」

老婆は不敵な笑みを浮かべて幸子を見上げた