【星の学び ①】
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じつのところ、星は何も語らないし、何も裁かず、支配もしない。
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その昔、人間は自分のふるさとを探し求めながら、いつも天空に輝く星々の静かな神秘を見つめてきた。直観的に知っていたからだろう。
あるときから、夜空の様々な光を調べ始めると、それらは動いているのだと驚き、発見した。この地球や季節もまた、そのように動いているのだと。
そして、それらの動きの背後に、自分にはコントロールできない、ある力がはたらいていると気づいてゆくと、世界に起こる様々な幸運や不幸というものも、星々がつくり出しているにちがいないと考えるようになっていった。
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それから、星に関するこの強力な信念を、多くの賢人や預言者が、国を統治し、支配するために利用してきた。
そして、もし災いに関する予言が的中すれば、その責任は預言者や統治者ではなく、「災いを起こしたのはあの不吉な星にちがいない」としてきたのだ。
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しかし、星たちは、沈黙したまま自分を弁護することも出来ず、無罪を主張することもできなかった。
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宇宙の星であれ、この地球であれ、また、人間の身体や心といったものまでも含めた森羅万象には、支配する上下関係や優劣関係などないと言うのに…。
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考えてみよう。
星座や惑星の動きによって、人間の運命が支配されたり、裁かれているのだとしたら、他の生物にはない人間特有の自由意志や、人生を創造し謳歌する純粋さは奪われていることになる。
さらに、何かの支配下にあるのなら、未来にたいする恐怖を植えつけられ、将来は感情的に決定されてしまうだろう。
ましてや、占星術師がすべてを知っていると考えている人々は、自分の価値ある自分だけの自由な人生を、他者の手に委ねてしまっていることになる。
宗教の教義であれ、政治や市場経済についても、生存不安を脅迫し、中毒のように隷属させてしまっているあらゆるものと同じに。
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人間は、つねに自分の宿命や運命についての答えや理由を、自分の外に見つけようとしてきた。
自分の内面に目を向けるよりも、沈黙する星々や、国家支配や、神の意志のせいにするほうが、はるかに気が楽だった。
自分の生活を快適にするセンスや、自分の人生の希望や予想、対人関係の在りかたまで全部、自分で創れるほど自分自身も賢いのだと信じるよりも、神官や預言者、占い師に導きを求める方がはるかに簡単だった。
こうして、自分の外に理由や答えを探し求めている限り、自分だけの真実を見つけ、自分の創造者である内面の声が聴こえてくることはない。
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人間一人ひとりが本来持っている素晴らしい能力と無限の理解を、見えないようにしてしまう迷信的な信念や、とんでもない理屈に翻弄され続ける人生になるだろう。
一人ひとりの存在が、真の創造者であり、自分人生の主宰者、自己運命の設計者であることに気づくとき、自分のためにもっと制限のない自由な人生を創造することができるはず。
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じつのところ、星座や惑星たちは、は何も語らず、何も裁かず、支配もしないとはいえ、一人ひとりのその固有な自由意志を生み出し、使える光として存在している。
あなたの身體で、各種臓器が沈黙しながらも、その役割に忠実にはたらき、他臓器のとのネットワークによって、身體全体のバランスを取っているように。
星座や惑星たちは、支配関係ではなく、あなたがあなたらしく生きられるように、生まれた時からずっと、今でも、これからもずっと、あなたと共にはたらいてゆく。
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あなた自身が、あるいは、あなたの魂が、
この地上世界に抑え込まれることなく、
楽しく遊び、学び、成長できるように、
星座や惑星たちは支えている、「霊的生命力」。
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“あなたがいなければ、この宇宙はなく、星々や惑星たちもまた、いない”
②に続く







