フィドラーズ・ドリーム


「たそがれ」「ごますり」「うらなり」「むっつり」「ひよりみ」「だんまり」


藤沢周平がクセのある人物というか、人間的な欠陥を持つ武士を題材に取り上げるようになったのは、おそらく「用心棒日月抄」あたりからだと思いますが、その独特のユーモアがバツグン。


本書に入っている「臍曲がり新左」もその流れです。


まぁ、人間的には普通なんでしょうが、ちょっと頑固者みたいな設定。


だけど、人情味があります。


隣家の平四郎と自分の娘よしえが仲良くなっているのをにがにがしく思っている。


その反面、娘を平四郎に嫁がせたい気持ちがところどころに…。


素直に言えない親心といえば、そうなのかもしれませんが。


「臍曲がり」という設定が、何となく微笑ましい。



フィドラーズ・ドリーム


日本文化振興会の「国際文化栄誉・社会文化功労賞」を受賞されました。


すごい!


愛さんは、大阪を拠点に神戸、京都などで舞踊教室を開くかたわら国内外の舞踊会、イベント、老人ホームの慰問、地方公演などで活躍されています。


28歳。


出身校・園田学園女子大学(兵庫県尼崎市)の講師もつとめておられますが、インドネシアに舞踊教室を開講されるなど舞踊を通じて日本とインドネシアの文化交流につとめておられる。

実は、2月16日(水)夜、京都で愛さんの文化講演会を開きます。ご都合のいい方は西本までご連絡下さい。


フィドラーズ・ドリーム


日本映画大学の学長。


本業は映画評論家であり教育評論家です。


雑誌『思想の科学』で「やくざ映画」について書いたところ、鶴見俊輔に見いだされてデビュー。


その後、映画専門誌で小津安二郎、溝口健二、黒澤明などの作品を論じて注目される。


また、映画とともに「少年の理想主義」「権利としての教育」など教育評論も。


代表作は、「黒澤明の世界」「小津安二郎の芸術」「溝口健二の世界」などでしょうか。


最近はアジア映画の発掘と人材の育成に力を入れておられる。


その佐藤氏が本日の朝日新聞朝刊で「大学で映画を教える意義」について語っています。


20代の頃、佐藤氏の映画評論、教育評論を片っ端から読んだ記憶が蘇りました。


苦労人。


映像心理、言葉と物語性を実に分かりやすく解説されます。



フィドラーズ・ドリーム

うまい!

今年の7月7日(七夕&ゆかたの日)。


「異業種交流パーティー」をします。


名称は“ゆかたパーティー”になるかどうか。


大阪・中津の「ダイヤモンド・サロン」オープン1周年記念です。


候補地で打ち合わせ。


写真は、これ1枚だけです。



フィドラーズ・ドリーム


千葉のKさんからの語り。


続き、その1。


京都の「壬生(みぶ)狂言」。


狂言に使う衣装の保存会会長がKさんですが、副会長のYさんについて触れられた。


「Yさんは、工房蛍の社長さんですね。友禅のジーンズやってはる」


「ご存知ですか?」


「はい」


その2。


「梁塵秘抄」の関連で、「今様(いまよう)歌のIさんも素晴らしい方です…」と言われる。


「石原さつきさん、ですか」


「…石原さん、ご存知ですか」


「はい」


石原さつきさんは、「日本今様歌舞楽会」代表。


その雅やかな舞を、京都で2度拝見してます。


懇意にしている知り合いSさんが、石原さんの弟子なんです。

りょうじんひしょう。


先日の「新年度ミーティング」。


懇親会で横に座られた千葉のKさんが言われた。


「遊びをせんとや生まれけん、戯れせんとや生まれけけむ…」


「今年は今様(いまよう)が流行ります…」と。


「梁塵秘抄」は、平安末期にまとめられた戯(ざれ)歌。


後白河法皇の編纂。


私的には、


15年ほど前、加賀友禅の初代由水十久氏の取材で、この書物に遭遇しました。


フィドラーズ・ドリーム


若手舞踊家・愛さんからいただきました。


ありがとうございます!



30日夜から北陸で降り続けた大雪。


JRが完全ストップ。


列車の中で一夜を明かした人も…。


寒さ、大雪のニュースを聞くと、なぜか江戸後期に名を残した船頭「大黒屋光太夫」を思い出す。


光太夫は、伊勢・白子(しろこ)の港を拠点とした回船(運搬船)船頭として天明2年(1782)16人の仲間とともに江戸へ向う途中に漂流。アリューシャン列島アムチトカ島に漂着する。


その後、ロシアに渡りさまざまな困難に遭遇するが、首都ペテルブルグで皇帝エカテリーナ2世に直訴して帰国する。


漂流から約9年半、仲間の多くは極度の寒さや食料不足で亡くなる。寛政4年(1792)に帰国したのは光太夫を含め3人だけだったという。


光太夫はシベリアの厳しい寒さに耐えるだけでなくロシア語を習得。


「何としてでも日本に帰る」と強い意思で仲間を励ましながら無事日本に帰還する。吉村昭の小説からは先人の「忍耐強さ」「強い意思」について考えさせられる。

アジアカップ杯優勝、誠におめでとうございます。


決勝オーストラリア戦を見ていて、「チーム一丸」というコメントがピッタリでした。


采配が冴えてました。


控えの選手がことごとく活躍したのは、素晴らしい!


あなたの期待に応えようという選手の気迫がボールに乗り移ったのでしょう。


そして、オ戦の決勝ゴールを生む、その前の動き。


左サイドバックの長友の強さ。


しびれました。


「1対1では絶対負けない」という長友の言葉通りの演出。


長友のボールに李が見事なゴールを決めました。


相手は呆然と見送るだけ。


全員が「絶対負けない、勝つんだ」という気持ちが出ていた今回のアジアカップ杯。


「チーム一丸」の大切さを学びました。


監督、ありがとうございました。

堀内正己氏の本(「ウキウキヒーローズ」)によると、住宅の建築・リフォーム業のジュンコ社長が中国出張中に事件に巻き込まれて亡くなった。


会社を引っ張っていた社長が急死。


実は、ジュンコ社長は社員に向けて事前に遺言を書いていた。


それを読んでいて、突如として吉田松陰に出くわした。


「…私にとっては、みんなと出逢い、頑張れたことで春の嬉しさ、冬の厳しさ、夏の楽しさが味わえた。そして、今が、収穫の秋なんだと思う」(ジュンコ社長)


吉田松陰が死の前日に書いた「留魂録」にはーー


「…春は種をまき、夏は苗を植え付け、秋に刈り、冬はそれをかこっておく。秋・冬になると人々はみなその年の成功を悦んで…」


死を前にした人は、生き方を四季にたとえて表現する。


「十歳で死ぬる者には、おのずから十歳の中の四季がそなわっており、二十歳には二十歳の、三十歳には三十歳のおのずかなる四季があるのだ…」