「幸せ」というのは、「幸せと感じる心」、そのあり方で決まる。
賛成。
しかし、「幸せと感じる心」を持っていても、「幸せではない」、そういう人もいる。
確かに、人それぞれ。
でも、「幸せではない」と断定できる心のあり様は、いったいどういう心なんだろう。
それは「不幸せを知っている心」、なんだろうか。
だとしたら、不幸せを反転させれば幸せにできるという論理が成り立つ。
単純?
ただ、正月を1人で過ごすのは、どんなものか。
やはり、家族団欒(だんらん)というのが、幸せではないのか。
戦後の日本は、この「だんらん」を破壊してきた。
「寄り合い」とか「だんらん」という日本の良き慣わしを無くしてはならないと思う。
そこにこそ、幸せの原点があるような気がしてならない。