新田 次郎(本名:藤原 寛人 1912年6月6日 - 1980年2月15日)

 

 

今月15日は小説家・気象学者である新田次郎の命日です。
元中央気象台(現:気象庁)の富士山観測所勤務の傍ら作家活動に励みました。
妻はベストセラー「流れる星は生きている」の作者・藤原てい。

 

私の蔵書の一部

 

新田次郎は大きく分けて「山岳小説作家」(本人はこの呼称を嫌っていたそうですが)と「時代小説作家」の二つの顔を持った作家として知られています。
前者はデビュー作にして直木賞受賞作となった「強力伝」や、1977年に映画化された富士山頂」「八甲田山死の彷徨」(映画タイトルは「八甲田山」)など主要作品を掲げるまでもなく、後にも先にもこのジャンルの第一人者として著名です。
元中央気象勤務という稀有な職歴を生かした臨場感溢れる「ヤマ」の描写は、その死後40年を経ても他の追随を許しません。
映画化作品も11作に及び、わけても「八甲田山死の彷徨・完全版」が2014年、「ある町の高い煙突」が2019年映画化されるなど、時代を超えてその作品が採り上げられ評価ています。
 

「強力伝」と金時茶屋(2018年登頂時の写真)

 

私がその作品と出会うきっかけになったのも、小学生時代に読んだ池上遼一によって漫画化された「強力伝」でした。
50貫(約190キロ)もの巨石を背負って白馬山頂登頂に挑む山男を描いたその作品は、実在の人物(現・箱根金時山山頂「金時茶屋」経営「金時娘」の実父)をモデルにしたものです。
その壮絶な内容は幼心に強く印象付けられ、後に原作を始めとした系列作品を読み漁ったものです。

 

 

作者の作品群の半数は、主に山を題材にした感動的な事件・人物伝(ほぼノンフィクション)の数々です。
「聖職の碑」「八甲田山死の彷徨」「剣岳」「銀峰の人」「槍ヶ岳開山」「富士山頂」などがこれにあたり、気真面目な著者らしい丹念な調査によって、登場人物のの鮮烈な人生が生き生きと描かれています。
特に私が好きなのは、中央アルプス・木曽駒ヶ岳大量遭難事故を題材とした「聖職の碑」(1978年映画化)です。
当地の小学校の集団宿泊的行事として実施された集団登山における気象遭難事故の実話に取材し、極限状態での師弟愛を描いた感動的な作品です。
他の作品も登山遭難事件、ヤマでの恋愛、霊峰の開山物語など登山に関するバラエティーに富んだ作品群は、ヤマに無縁の読者をも感動させる内容です。

 

 

加えてここで私が特に掲げたいには、上記の人物伝のバリエーションですが、山を題材にしない作品です。
それらは映画化された「アラスカ物語」(1977年映画化)と「ある町の高い煙突」の二編に過ぎませんが、「夢と挑戦」という氏のテーマが実に明確に打ち出された優れた作品群です。

「アラスカ物語」はイヌイット(旧称エスキモー)の救世主となった日本人フランク安田の生涯を描いた物語、また「ある町の高い煙突」は、一般従業員や市民の言葉など大企業は歯牙にもかけなかった明治時代、茨城県日立鉱山で煙害撲滅を訴えてそれを達成した関根三郎達の苦闘物語です。

 

 

 

そして作者のもう一つの顔は NHK 大河ドラマの原作にも選ばれた「武田信玄」を始めとする「時代小説」です。
得意とする「武田物」(他にも「武田三代」「武田勝頼」など)や「新田義貞」などの長編はもちろん、「河童火事」「陽炎」「きびだんご侍」「からかご大名」などの短編集も実に緻密にして感情のこもった筆致で、「山岳小説家」とはまた異なった作者の優れた資質をうかがわせてくれます。
 



 

こうして全てのジャンルを俯瞰すると、どの作品にも先述した「夢と挑戦」のテーマが形を変えて描かれ、それが実際富士山レーダーを設置(NHKの『プロジェクトX 挑戦者たち』第一回のテーマに採用)したという「夢の実現」を成し遂げた作者の熱い語り口で執筆されれば、読んだ者に深い感動を与えるのは自明の理というところでしょう。

今月15日、四十一周期を迎える新田次郎。
今こそ彼の作品に再注目して、現代人達が忘れかけている「夢と挑戦」の心を思い出させて欲しいと思います。