たった一言。
聞けるだけでいい。
聞けないなら俺が言うから顔や素振りが見たい。
凄く頭が良くて、毎朝新聞を読む勤勉家、一度覚えた数字を忘れない記憶力、一番大切な存在で一番尊敬できて一番面白くて一番恐くて一番優しくて一番好きだった。
大事な事を二つ教わりました。
ひとつ目は、『人の気持ち』
特に人からされた事に対しての感謝の気持ち。
人に対しての気持ちの在り方。
極々、一般的な事柄だけど国が違えばそれぞれ文化も違う。
昭和22年の団塊の世代に生まれた父は、戦後の貧しい日本を生きて一家を築き六畳一間から都内近郊に一軒家建てるまでに成長。
一家の会長というトップの役職で100人を越える若い衆に飯を食わしていた。
一億円もらったときより競艇場で金貸しやろうとした時に親父から「これを足しにしろ」と渡された100万円の方が涙が出る程嬉しかったと言う人。
おはようございます。こんにちは。こんばんは。おやすみなさい。行ってきます。行ってらっしゃい。ただいま。お帰りなさい。お邪魔します。お邪魔しました。さようなら。ありがとうございます。いただきます。ごちそうさまでした。ごめんなさい。
これを真面目に言えれば誰にも嫌われない。




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父親が死んで来月で一回忌。
時だけが、日々少しずつ悲しみを和らげる唯一の薬。
絶望して自暴自棄に陥って全て適当に生きて過ごしてた。
父さんの悪口を言う奴は嫌いだ。
でも、俺には言い返す勇気も無い。
悲しみに浸っている時間なんて一ヶ月は忙しくて無かった。
それでも、夢に現れる。
今でもはっきりと覚えている。
目が覚める様な凄まじい大きな声。
ゆっくりとだが確実に一歩一歩踏みしめる歩き方、歩く音。
怒ると何よりも恐かった、
普段はとてつもない優しい顔。
背中の刺青。かっこ良かった。
ヤクザの息子って小学校から言われてたけど俺はそんなの小さい事だったよ。
普通の奴らなんてつまんなすぎて人生を生きてないのと同じ様なもん。
15歳で殺人未遂で刑事裁判とか
大阪行ったときに盃の相手が200人ぐらい駅のホームから整列して迎えたとか
タイの軍隊がマリファナ持ってきた話、数え切れない武勇伝。
滅多に話してくれない話。
酒に付き合うとたまにしてくれた。
最高のおつまみだったな。

死後の世界なんて無いとか言ってた自分がどんだけ子供だったか今になって思うよ。
死んだ後の世界があると思わないと辛すぎてまともに受け止められないよね。
一言だけでもいいから何か話がしたいです。何でもいい。
頑張れとかGOODとかバカヤローとかでもいい。
会いたいです。



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気付いたら今って言ってもいい位な気持ちでいるけど記憶の中の出来事はしっかりと時間の経過を刻んでる。
生きて行くうえで一日一日が刻まれたその結果が今の自分。
自分で作った自分を他人の所為には出来ない。
生きてく希望なんて持ち合わせていなかったけど
心の底から幸せを感じていられる事が出来る居場所があった。
無邪気な顔でただひたすら楽しく笑う
事ができる俺の帰る場所はもう無い。

無くしたものが大きいから大切な物が分からなくなって全部捨てた。


自由になりたいと望んでいた子どもは
初めから安心という自由にいた事に
やっと気付いた。

だけど、気付いた頃には無くした物が大き過ぎる。

きっと、この次の段階が大人に生る為のStepだと思う。

何が待っているんだろう。


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