西岡善信さんご逝去 | オヤジカメラマンのブログ

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若い時は京都太秦の撮影所、木枯らし紋次郎、座頭市、必殺仕事人、暴れん坊将軍など撮影助手として、30でCMキャメラマンとして主に大阪で…今迄観た映画など思った事をぼちぼち書きます。


久しぶりにブログを書きます。

先月の28日で65歳、完全な高齢者の仲間入りです。
自宅には介護保険証が届けられました。

も~ォ、ホンマに知らん間におじいちゃんです。


早いですね。人生も間も無くって感じがして…


それと9月28日の誕生日に頂いたガーベラの花が未だに枯れなくて咲いています。



まだまだ頑張れよって言われているのか…


映画の世界で40年以上(途中CMや大学准教授)食べてこられたのもキャリア最初に入った映像京都という会社のおかげだと思います。


その会社にはいっぱいの俳優さん、スタッフが所属していました。札があり裏や表で今映画やテレビに雇われている人がわかる…


その時から社長は西岡善信さんでした。


西岡さんは美術監督で多くの大映映画の美術デザインをされています。


昨日その西岡さんが御逝去されました。

97歳西岡さんから言わせれば65なんて青二才…


西岡善信氏 逝く

 

映像京都に入って最初の作品はシナノ企画の教育映画でした。撮影は森田富士郎師匠、それから時代劇の新・木枯し紋次郎、パイロットは西岡善信さんが美術を担当されていたと思います。


西岡さんはメーンセットの最初には必ず来られます。カメラ位置の確認です。勿論同じ映像京都のカメラマンの時は「どないえ」とカメラマンと話をされます。しかし他から来たカメラマンの時はシラッと見て…私がチーフの時、西岡さんが近づき何ミリ?との質問でその時のカメラマンは50ミリ一本でとの撮影設計だったのでミリ数を言うと、「…あかんな」と言って去って行かれました。その時の美術助手の加門さんに聴くとこのセットはパースをつけたんねん、標準レンズで撮ればこの3倍近くの奥行きに見えるように設計してんねん…ラッシュを観て物凄く勉強になりました。そして意志の疎通をしっかりしないと折角のセットデザインも活かせないと勉強させて貰いました。


本当に映像京都の先輩技師さんにはお勉強させて頂きました。師匠の森田富士郎さん、中岡源権さん、牧浦地志さん、渡辺貢さん、山下礼二郎さん、倉嶋暢さん、大谷巌さん、林土太郎さん、他多くの方にお教えいただきました。


そして素晴らしい西岡善信さんの美術の中で仕事ができた事、ありがとうございました。


ご冥福をお祈りします。